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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

田沼醜男「黄色いかなしみ」

戦後の風俗雑誌に掲載されていた素晴らしいマゾヒズム小説をご紹介していきます。
本シリーズ執筆には三和出版および風俗資料館の多大なご協力をいただいています。


今回は

田沼醜男「黄色いかなしみ」

をご紹介します。
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「黄色いかなしみ」は、昭和41年に「サスペンスマガジン」に掲載された作品です。
田沼醜男は「奇譚クラブ」で「マゾヒズム天国」というエッセイを連載していた、当時の同誌を代表するマゾヒズム作家で、強烈な白人崇拝思想を持っていたことで知られています。
「ある夢想家の手帖から」第一二〇章では本作の作者を「金髪少女クララさま」「金髪パーティ」の作者である大和勇と紹介していますが、初出では田沼醜男の作と明記されています。
おそらく大和勇は田沼醜男の別のペンネームです。
内容的にも文体からみても、「金髪少女クララさま」「金髪パーティ」と本作は同じ作者の作品であることがありありとうかがえます。
共通する特徴は、①白人男女と日本人の主人公の体格差を象徴とする劣等感、②白人崇拝とトリオリズムのミックスです。

本作も舞台はアメリカで、日系二世の主人公が、TVでも活躍した元ストリパーで金髪碧眼の白人女性:ハニイ・ジャケットとその夫で俳優のジルの家内奴隷となるというシンプルなストーリーです。

主人公の「私」は白人女性に強い憧憬を抱いている白人崇拝者で、ストリッパー時代のハニイ・ジャケットをファンとして崇拝していました。
ハニイはその後ジルと結婚しますが、「私」とハニイはたまたま再会し、「私」はハニイに奴隷志願します。

「僕はあなたのことを思うと、黄色い女となんか、とても寝る気になれませんでした」
「あたしに関係ないよ。金髪が黄色い女にくらべて、どんなによくたって、知ったことじゃない、勝手に熱をあげて、焦がれ死にでもしたらいいのサ」
「ハニイさま、お慈悲を……どうか、お慈悲を……」私は震えながら哀願した。
「お慈悲だって?フフ……そんならお前の望みをかなえてやろうか」彼女は碧い大きな眼でジッと見つめた。
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かくして「私」はジルとハニイの家に奴隷として飼われることになります。
「金髪少女クララさま」「金髪パーティ」でも見られた下着への執着、夫婦の寝室での奉仕がたっぷりと描かれます。

あるとき、愛の習慣が終わると、ハニイは私の髪の毛を掴んでいった。
「あたしを掃除させてやろうか?」
「ぜひ、ぜひ、お願いします!」私は仰向いたまま叫んだ。
「ジャップが金髪の身体を掃除するんだからね、舌を使ってやるのよ」
「は、はい、わかっています」
(中略)
「この黄色いトイレットペーパーめ!」彼女は嘲笑を浮かべながらゆっくりと立ちあがった。
(中略)
「チビ!醜男!黄色奴隷!」
アッ!と思ったがもう遅かった。
後手に縛られていては隠しようもなく、ヒクッヒクッとケイレンしながら、七色の虹を見た。
「こいつ、こんな醜いもの出しやがって……畜生!」ハニイは怒った。海老のようにまるくなって、なおもケイレンし続ける私の身体を滅茶苦茶に踏ンづけるのだった。
それ以後というもの、私はフンドシさえ着用することを禁じられた。そのかわり昔からお馴染みのビニール袋をかぶせるように命じられたのだった。
「こうしとけばお前がどんなに夢中になったって勝手にサ。あたし達の知ったことじゃないわ」ハニイは棍棒の先で小突きながらいった。
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クライマックスは「手帖」に引用されている夫婦の性行為への奉仕の場面です。

「ねえ、あんたもこいつにさせてみたら?」
とある晩、ハニイがジルにいった。
(中略)
「ハハ……こいつ震えてるわ」ハニイがそういってうしろから、私の鼻をつまんだので私は息が出来なくなって金魚のように口を開いた。
するとすぐにジルが割り込んで来たのだった。
(中略)
「ねえ、あんた」とハニイは甘えた声でいい、私の肩に、うしろから肩車になって乗ってきた。「もっといろんなことして愉しもうじゃない?この馬鹿を使ってサ」
「そうだな、この野郎はまた、俺たちの奴隷になって使いつぶされる、嬉しくて仕様がないんだから、便利なもンだ」
「フフ……この恰好、こいつの黄色い親が見たら、なんて思うかしらね」
実際、親に見せられる恰好ではなかった。
私の首根ッこは、うしろからハニイの足に喰わえこまれ、口腔はジルに押しこまれて物も言えない状態だった。
要するに、私の頭蓋骨をあいだにして、二人は愛し合っていたのだ。
黄色人種でありながら誇りをもって生きていた私の日本人の両親が、息子のこういう姿を見たら、どういう感慨を持つだろうか…。
私は前から後から責めあげられながらさすがに情けない思いがした。
でも黄色い肌の人間は白人の道具になるより仕方ないのだ。
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本当に美しい場面ですね。
心身ともに激しく陵辱されている状況ながら、なにか父母の愛情に包み込まれるような暖かい陶酔感を感じてしまいます。
はるか頭上で睦み会う白人夫婦に下半身で自分の頭を包み込まれ、自分を生み育てた実の両親に対する思いと決別する。
黄色く醜い夫婦から生まれた呪わしい運命から、福音をもたらす白く美しい夫婦の下で新しく生まれ直した瞬間のような甘い陶酔。
思えば黄色人種が白人夫婦に「父母」を感じるなど畏れ多いことですが、クリスチャンが神に対して「父」を感じるように、自分を今の自分として「作り直した」造物主としての「父母」を、ジルとハニイの白人夫婦に感じてしまいます。

大和勇「金髪少女クララさま」「金髪パーティ」

戦後の風俗雑誌に掲載されていた素晴らしいマゾヒズム小説をご紹介していきます。
本シリーズ執筆には三和出版および風俗資料館の多大なご協力をいただいています。


今回は

大和勇「金髪少女クララさま」「金髪パーティ」

をご紹介します。

無題

「金髪少女クララさま」「続・金髪少女クララさま 金髪パーティ」は、昭和42年に「サスペンスマガジン」に掲載された連作です。
タイトルからして震えるうような期待感を掻き立てられますが、その期待感を上回る、白人崇拝マゾヒズム文学史の殿堂に並ぶべき素晴しい作品、白人崇拝者であれば死ぬまでに是が非でも読みたい作品です。
(「ある夢想家の手帖から」第一三五章に紹介されている宇能鴻一郎の「肉林願望」に内容がよく似ており、どういうわけか主人公の名前が同じですが、どちらが先に発表されたのか定かではありません。)

舞台はアメリカで、留学中の日本人青年:タマルが、金髪碧眼の白人美少女:クララに徹底的に凌辱されるという実にシンプルなストーリーです。

主人公のタマルは29歳、英語と哲学を専攻している将来有望な大学教師です。
また彼は旧財閥の出身で高貴の身として何不自由のない暮らしをしてきた人物ですが、体格は「155センチのチビで体も蚊トンボのようにギスギスで貧弱な典型的な日本人」です。

一方、ヒロインのクララ様は17才の娼婦ですが、「金髪と輝く雪白のお肌」「圧倒的にグラマーな、175センチの御肢体」「いかにもまだ17才らしい可愛らしいお顔」「青くて大きな悪戯そうな瞳」「つんと上を向いたかわいいお鼻」と、理想的な金髪碧眼の白人美少女としての形質を備えています。

Jane Fonda, 1960s (11)
ジェーン・フォンダ

白人少女と日本人青年―人種と人種の対峙
本作の特徴は、クララとタマルという個人と個人との優劣・従属関係を描写しながら、そこにクララ=白人とタマル=日本人(ジャップ)という人種と人種との優劣・従属関係を見事にオーヴァーラップさせていることですね。
「家畜人ヤプー」のように多数の白人と多数の日本人(ヤプー)が登場するわけではありません。
ことに日本人はタマルしか登場しません。
「金髪少女クララさま」は基本的にタマルとクララとの二者関係の物語です。
それを、人種と人種との必然的な優劣・従属関係を強烈に拡張しているんですね。
主人となったクララがたまたま白人に属し、奴隷となったタマルがたまたま日本人に属しているのではなく、奴隷であるべき人種=日本人の一人が奴隷となり、主人であるべき人種=白人の一人が主人となった、それがたまたまクララとタマルであった、そんな必然性を感じる作りになっています。

冒頭に示したクララとタマルの属性。
クララはアメリカ白人社会では最下層、タマルは日本では最上級の階層に属する人間。
しかもクララはタマルより10才以上年下の少女。
日本の教え子よりも年下の少女です。
優越人種である白人種の最下層にいるクララと劣等人種である日本人の最上位層にいるタマルの接触。
それがクララを上位、タマルを下位とする絶対的な従属関係となることで、人種の優劣の圧倒的な格差を感じさせてくれます。
クララは白人種の象徴であり、タマルは日本人の象徴で、その間に展開されるスクビズム的接触は、白人種と日本人の優劣関係の象徴なのです。
クララがタマルに加える凌辱は白人種が日本人に加える凌辱であり、タマルのクララに対する崇拝は日本人の白人種に対する崇拝であると実感させてくれ、決して個人的なSM関係にとどまっていないのが、本作のすごいところです。

スクビズムの楽園
「金髪少女クララさま」は、基本的にクララが客を引いているアパートにタマルが招かれて展開します。
二人を邪魔することのない、閉鎖され、外界から隔絶された「スクビズムの楽園」が作られその中で二人だけの秩序が作られます。
ただし、途中階下の店の中年白人女性とクララの友人の白人少女が一時的に入り込むことで、タマルが崇拝し、タマルを凌辱する権利を有する存在がクララという個人でなく、白人女性一般であることが効果的に示されています。
続編の「金髪パーティ」では、その「一般化」がさらに進み、クララの友人の白人少年少女6、7人のパーティーでの奉仕、そしてクララとその恋人:フランクに対するトリオリズム的奉仕が中心になります。

「金髪少女クララさま」に登場する主なマゾ行為です。
・金銭貢ぎ
・足もとに正座
・土下座
・下着にキス
・顔踏み
・唾、痰を吐きかけられる
・家事奉仕(掃除・洗濯・靴磨き)
・暴行(蹴り、踏みつけ、パウンド)
・馬乗り
・顔面騎乗
・自慰

「金髪パーティ」 に登場する主なマゾ行為です。
・人間椅子
・CFMN
・パーティのボーイ(全裸)
・集団暴行
・余興自慰
・カップルのベッドに近侍
・人間ビデ
・下着下賜

とにかく「金髪少女クララさま」は二者関係の、「金髪パーティ」 は三者関係の、典型的で正統派のスクビズム願望を、見事な展開で次々と繰り出す、満漢全席フルコースのような小説です。

渇仰と侮蔑
本作のもう一つの特徴は、三人称で淡々と記述していく「家畜人ヤプー」とは正反対の、タマルの一人称語りによる、ねっとりとした、心情表現ですね。
白人女性と、その一人として自分が接触したクララに対する強烈な崇拝感情と劣等感が、文章の端々にほとばしっています。
だから地の文でも「クララ様」「バーバラ様」「フランク様」であり、「おみ脚」「お唾」「お痰」「おパンティ」「おハイヒール」であり、白人が主語の場合述語は「痰を吐きかけて下さった」「おつばを吐きかけていただく」のようにすべて尊敬語になっています。
上述したスクビズム行為のオン・パレードと、タマルの一人称語りによる強烈な崇拝感情と劣等感の表明(そのなかで上述したタマルの日本での地位をいちいち想起します)、それにクララら白人たちの日本人に対する人種的侮蔑、これをミルフィーユのように小刻みにしつこくしつこく繰り返すことでただのシチュエーション・プレイではない、優越人種による劣等人種への陵辱であることが実感されていきます。

タマルの一人称語りを引用します。

「ピシャッと私の顔にクララ様のお唾がひっかかるのは感じられました。金髪グラマーの白人少女のお唾!」
「頭から日本人を馬鹿にしきっていらっしゃるのでしょう。ハイティーンの娘が十歳以上も年上の大学教授を顎で使うのですから。」
「どこの馬とも知れない十七歳の金髪娘に、すっかり馬鹿にされきって、女中代わりに追い使われているのです。軽蔑すべき日本人として。」
「私はこみ上げてくる屈辱感に胸がいっぱいになり、そうして、足のつまさきまで歓びに震えました。ああ、金髪白人少女様!」
「自分では部屋の掃除など一度もさせられないで育てられてきた大学教師の私が、何をしているかも知れない金髪の白人娘の部屋を、お金まで払って掃除させられているのです。ああ、白人女性の魔力。」
「私はただもう屈辱的な歓びで胸がいっぱいになりながら、一生懸命、馬鹿丁寧に金髪グラマーのおハイヒールを磨かせていただきました。」
「(クララの下着類を洗面台で洗濯しながら)私は胸が締めつけられる程の切なく甘美な思いにいっぱいになるのでした。」
「(クララのパウンドを受けながら)それはもう本当に、死の恐怖と、怖ろしいほどの甘美な恍惚感との交錯でした。」
「(クララの往復ビンタを受けて)金髪グラマーのクララ様への日本人としての絶対的な服従心が、疲れきった体に活を入れたのだと思います。」
「ペタッとクララ様の痰が顔にはりついたのが感じられました。日本人としてこれ程の感激がありましょうか。」
「私は夢にまで憧れ続けた金髪グラマーのクララ様を、再び眼のあたりにして、感激のあまり恥も外聞も忘れて、思わずその場にひざまづいてしまいました。」
「大学教授のくせに、黄色いものですから、金髪グラマーガールに頭から侮辱される喜びに震えるのでした。」



これと対称的なのが、クララら白人たちがタマルを侮辱するセリフです。

「ちゃんと解ってるわよ。ジャップの男は、あたしたち白人の女の子には、たいていマゾなんだから」
「お前たちそんなチンチクリンじゃ、白人の女の子から相手にして貰えないんで、マゾになり下がるより手がないんじゃないの。」
「どうすればお前たちジャップのバカが喜ぶか、ちゃんと知ってんだから」
「お前、こうやって白人の女に、女中代りに使われるのが嬉しいのかい」
「え、どうだい。白人の女の子は綺麗だろ?」
「フフフ、嬉しいだろ、クララに、ひどいことをしてもらって。ええ?」
「フフフ、嬉しいかい?あたしに顔を踏まれてさ、どうだい、ジャップの大学の先生」
「アハハハハ、やっぱしね。ジャップは白人の女の子の下着ってったら、夢中になっちゃうんだからね。洗わしてやろうか?」
「さあ、これからお前に、一等お前の好きなこと、さしてやる。お前たちジャップの一等好きな、一等みっともない恥ずかしいことをやるんだ」
「お前のオヤジや、オフクロが、この格好みたら、なんて思うかしらね」
「アハハハハ、全く最低ね、ジャップって。お前たちジャップはまったく人間の屑だわよ。屑!」
「お前、白人の女の子から痰唾ひっかけられんの、嬉しいんだろ。あたしのもひっかけてやるわよ」
「へえ、教師でこんなへんたいじゃあ、救いようないじゃん」
「フフフ、何しろ、ジャップはあたし達白人の女の子には絶対風従だもんね。ジャパンなんて白人の植民地にしちゃえばいいんだわ」
「ジャップのバカってさ、あたし達白人のパンティに、からっきし弱いのよ。」
「ウフン、ジャップの犬男よ。あたしの女中なの」



白人たちの日本人に対する感情が、「憎悪ヘイト」ではなく、徹底的な侮蔑なのがいいですね。
白人たちは日本人男性が白人女性に対してマゾヒスティックな願望を抱いていることを「常識」として知っていて、具体的にどんな行為を望んでいるのかも見透かしている、というのが、都合がよすぎる感じもしますが、まわりくどくなくて、FantasicでDreamyでいいです。

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ブリッジト・バルドー

白人少女の神格化
全編を通して印象的なのは、タマルの「白人女性様特有のすばらしく甘美なお肌の匂い」に対する執着です。
この執着は香りの残るクララの下着への執着へと直結します。
そしてそれが、タマルがクララの下着をせがみ、「顔にかぶらせて頂いて恥ずかしいことをさせて頂く」という用途を告白する「金髪パーティ」 の見事なラストシーンに結実します。
視覚以上に性欲に直結する嗅覚を刺激されて効果的ですが、色姿形の見た目の美しさだけではなく、「お肌の匂い」までもが日本人を惹きつけ悩ませる魔力を持つという「体のつくり」の違いを感じさせ、白人女性の神格化が背景にあることを思わせる表現です。

クララの神格化は「金髪パーティ」の冒頭に印象的な場面に描かれます。
なんとタマルは自宅でクララに向かって「礼拝」をします。

朝と夜には毎日一時間ずつ床にきちんと正坐して、クララ様のいらっしゃるあの路地の方角に向かってひれ伏して、クララ様に何度も繰り返してお祈りをお捧げするのでした。
「狂崇する金髪グラマーガール、白人女性様クララ様。どうぞこの哀れな日本人に再度の御訪問をお許し下さいまし。どうぞまたこの馬鹿な日本人を徹底的に御利用なさって絞り抜いて下さいませ。私は絶対服従お誓い申し上げます……」
全く私の大学の学生達がこの私の哀れな様子を見たら、何と言うでしょうか。
れっきとした大学教師のインテリでもう二十九才にもなる男が、十才以上も年下のまだハイティーンの金髪ズベ公に、身も心も征服されきっているのです。



クララが教えてくれたこと
クライマックスは「金髪パーティ」で、クララとフランクが愛しあったあと、クララの「お前、あたしを、犬の代わりにお舐め」という命令でフランクの精液が注がれたクララの股間をタマルが舐め清める場面。

ここで、フランクがタマルに日本の大学で教えている科目を訪ねます。
タマルは答えます。
「哲学」であると。

「アハハハ、アハハハ、こんな奴が、アハハハ、哲学を教えてちゃ、ジャップがみんな犬になり下がっちゃうわけね。アハアハアハ…」
「(クララの下着は)ジャパンの大学の生徒たちに丁度いい土産だわよ。教壇にでも飾って毎日皆で拝めばいいわ」


ここがものすごくいいですね。
日本人の哲学、思想、信仰とは。
白人少女の股間に注がれた白人青年の精液を味わうこと。
白人少女の下着を顔にかぶり、白人少女の肌の残香に包まれて自慰ににふけること。
日本人にとって大切なことは、すべて白い肌に包まれた白人男女の体の中にあるのだから、徹頭徹尾、白人男女の下半身に教えを乞う。
タマルが日本を代表する哲学者として留学したアメリカで到達した真理。
それを教えてくれた、いわば「天啓」を与えてくれた存在が、「金髪少女クララさま」。
本作が単なる個人の願望の実現にとどまらない、日本人の宿命にかかわる深刻な広がりを感じさせる見事なクライマックスです。

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