地上の楽園 あふりか物語
M共和国D大統領:いやあ元帥閣下、お疲れ様でした。
H共和国革命評議会議長J元帥:やあ、これは、大統領閣下、どうも、お疲れ様でした。
D大統領:今回のアフリカ諸国会議も、なかなか盛り上がりましたな。
J元帥:なんといっても大統領閣下のご発言に世界が注目しておりますからね。
D大統領:そんなことはありますまい。私なんぞではなく、我々アフリカ諸国の団結が、注目されているのです。
J元帥:なにしろ私は今回のような大掛かりな国際会議は初めてでして、だいぶ疲れました。
D大統領:それはそうと、今夜の晩餐会はたのしみですなぁ。
J元帥:本当に。

J元帥:はあ、しかし閣下…
D大統領:まあまあ。会議は終わったんですから。今は誰も我々の発言を聞いていませんよ。本音で行きましょうや。ご存知でしょう?K大統領のご夫人。
J元帥:はい。それはもう、大変にお美しい方で…K大統領がお羨ましい限りです。
D大統領:G国のN大統領は黒人でありながらアラブ人の女性と結婚して、西洋風のドレスを着せて自慢げにしていましたが、やはり白人女性とでは格が違う。お気の毒だがN大統領の夫人は今晩それを思い知らされるでしょうな。
J元帥:白人女性とは、なぜああも美しくできているのでしょうか。
D大統領:まったく、まったく。人類の貴族と言うにふさわしい。
J元帥:K大統領は英国在留中に夫人と出会ったそうで。
D大統領:ああ、K氏が通っていたカフェのウェイトレスだったそうですな。
J元帥:たしかロンドンのリバティホールというカフェです。K大統領の夫人は高校生のアルバイトでした。
D大統領:ほうほう。それで仲良くなったと。同じ白人国家でも米国では考えらえないことです。黒人は白人の店主や店員のいる店に入店できないことが多いし、客が白人女性の店員に注文しただけでリンチされた事例もある。人種間結婚もほとんどの州で違法ですな。
J元帥:大それたことです。白人女性に声をかけるなど、私だったらとてもそんな勇気が出ない。
D大統領:はっはっは。先日の革命であれだけ世界を驚かせた勇猛な元帥も、白人女性には兜を脱ぐというわけですな。そういえばK大統領夫妻の結婚式で、世界中に中継されるカメラの前でK大統領が跪いて夫人のドレスの裾に「誓いの接吻」をしたのには驚きましたな。ヨーロッパのメディアでは「ウェイトレスが女王なった日」なんて報じてたとか。
J元帥:本当に感動的なシーンでした。あの結婚式の費用と夫人に送られた宝石はB国の国家予算の6割に上るそうです。
D大統領:お詳しいですな。元帥閣下はK大統領夫人のファンなのですか?
J元帥:はい、結婚式の中継を見て以来、すっかりファンになってしまっていまして、今夜の晩餐会でお目にかかると知って、本当に楽しみですが、会議よりも緊張します。
D大統領:実はですな、私はK大統領と同じようにK大統領夫人のドレスのスカートの裾に接吻したことがあるんです。
J元帥:なんと。

J元帥:なんと、うらやましいことです。貴国は去年からB国への莫大な経済支援を始めましたが、そのようなことがあった後なのですね。わが国もK大統領夫妻の来訪を打診しているのですが…その話を聞いて何が何でも実現する決意が固まりました。
D大統領:まあそのためにはそれなりの見返りが必要ですが…貴国は小国ですが、ダイヤモンドの鉱山がありますな。あれを夫人に寄贈してはいかがですか。
J元帥:なるほど、しかし…
D大統領:まあその前に今夜ですよ。私は今夜晩餐会の前にもう一度夫人に誓いの接吻をさせていただくお願いをするつもりです。
J元帥:えっ今夜ですか。
D大統領:ええ。会場となる宮殿には夫人のためのVIPルームが用意されています。そこに参ずるのです。あなたも行かれたらどうですか。
J元帥:…
D大統領:この機を逃したら次がいつになるかわからない。私は行きます。私はもう、夫人のスカートに病みつきなのです。
J元帥:…
J元帥:閣下、大統領閣下。
D大統領:ああ、元帥閣下。いかがでしたか、夫人に拝謁できましたか。
J元帥:ええ、しかし大統領閣下、あなたの方からお聞かせください。

J元帥:えっ、あの世界的大油田を。
D大統領:R総理はN金鉱を寄贈するんじゃないですか。いいのです。だいたいアフリカの資源はアフリカ人のためにあるなどと誰が決めたのですか。P油田はたまたまわが国にあるだけの地球の資源です。その福利を享受するにふさわしい人が享受すべきです。それから、明日の会議では人種差別反対決議とS共和国の白人至上主義体制への批難決議には反対します。
J元帥:それは私も考えていました。
D大統領:して、元帥閣下。

D大統領:まったく同感です。わが国、貴国、この地E共和国、T王国の指導者は今夜同じ白人女性の同じ靴の同じ場所に接吻した。これほど強い同盟はない。この4国で夫人が事実上君臨するB共和国との同君連合と言ってもいい。しかし将来的にアフリカ諸国が従うべきはやはり白人至上主義体制のS共和国です。
J元帥:教育制度も大切ですね。黒人に流れる奴隷種族の血を幼い頃から自覚的に呼び覚まして、自分たちの生の意義を理解させる教育を普及しなければなりません。
D大統領:それでは閣下、明日の会議で。
J元帥:ええ。
以上の音声はS共和国の諜報機関によって盗聴・録音され、世界に公開された。
アフリカ諸国の指導者は世界の嘲笑の対象となり、国際的な人種平等運動は支持をを失い、揺り戻すように白人至上主義が合理的で現実的な考え方として各地で復権した。
欧米ではそれまで植民地反対や公民権運動の主力となっていた白人の若者やインテリ層が雪崩をうって白人至上主義運動に転向した。彼らが社会主義体制に代わって「理想社会」「地上の楽園」として賞賛したのがS共和国の白人至上主義体制だ。
S共和国の国際的地位は上昇して先進国首脳会議の一員となり、その後S共和国の意向で日本が除外されサミットは完全に白人国家のみで構成されることになった。

D大統領とJ元帥は教育改革の案を策定して公表しK大統領夫人にも助言を求めたが、夫人は改革が不徹底であることを指摘してまずは自分たちの再教育からはじめることを勧告した。2名は痛切に自己批判し研修として基金の油田や鉱山で無期限の無償労働を行うことを志願した。多くのアフリカ諸国の指導者層がこれに倣い、K大統領も夫人の助言でこれに倣った。夫人はまもなく若い白人男性と結婚し以前にもまして盛大な結婚式を行い、世界に祝福された。