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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

雪肌の衝撃-明治人の仰ぎ見た西洋人

白人崇拝論では、「なぜ、日本人は白人の肉体を美しいと感じてしまうのか」という命題について論じました。
その最大の背景として、日本人が日本人の肉体的条件に対応した伝統的な文化を捨て去り、白人のを肉体的条件に対応した西洋文明を、ほとんど完全に受け入れたことを指摘しました。

早くは16世紀から世界制覇に着手し始める西洋文明ですが、19世紀には強大なアジア帝国をも順次解体・支配していきます。
日本は地理的な条件や様々な幸運が重なり、マシュー・ペリー提督の浦賀来航以降の難局を乗り切って西洋国家の支配を免れますが、その代わりに、攘夷思想はどこへやら、国家体制から生活風俗に至るまで西洋文明を徹底的に取り入れていきます。
ここに、日本人の仰ぎ見るような白人感が始まるのです。
本記事では、西洋化の始まった幕末・明治時代に洋行する僥倖に恵まれた人々の残した文章から、おける日本人の白人感がわかる記述をご紹介していきます。

万延元年遣米使節
幕末、日米修好通商条約の批准書交換のために咸臨丸に乗って米国に派遣された武士の手記には、早くも白人女性の美しさに対する嘆賞が記されています。
五月祭メイ・フェスティバルの舞踏会に集まった5歳から9歳までの少女の肌については、

天然の麗色雪よりも白く、玉よりも麗しく、実に神仙境に入る天女もかくやといぶかし


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ブキャナン大統領の姪、ハリエット・レーン(大統領が未婚だったため、ファースト・レディを務めた)の容色を讃えて漢詩を作った武士もありました。

亜国アメリカノ佳人名ハ冷艶レーン
うでニハ美玉ヲまとヒ耳ニハ玉を穿うが
紅顔かならズシモ脂粉ヲ施サズ あらわニ出ス双肩ハ白雪ノはだ


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ハリエット・レーン(肖像画)

画家・三宅克己
明治期に洋行した画家・三宅克己は、自伝の中で西洋を天国のようなところとして伝え、西洋人についても、日本にいるときは人体美というものが分からなかったが、「一度欧州人に接すると、人間美の魅力に少なからず眩惑され」た、としたうで、次のように書いています。

真に天使のような可愛い子供達が街頭の到るところで見られる。無邪気な表情に溢れ、特に線と色彩の美的な老人老婆はあちらにもこちらにもいる。しかも年頃の娘はほとんどみな美人のように思われ(中略)その姿勢から手足の線の美、頭髪の色彩美、眼の表情やその魅力、これを思うと、日本人お互様は、人種としてこの位お粗末で無趣味な、しかもつまらないように思われるのであった。


夏目漱石
夏目漱石の「三四郎」にも、白人の美しさに対する憧れが吐露されています。冒頭、浜松駅で三四郎が何人かの西洋人を目にする場面です。

女は上下とも眞白な着物で、大変美しい。(中略)だからかう云ふ派手な綺麗な西洋人は珍しい許ではない。すこぶる上等に見える。三四郎は一生懸命に見惚れてゐた。是で威張るのももっともだと思った。自分が西洋へ行って、こんな人の中に這入ったら定めし肩身の狭い事だろうと迄考えた。すると前の席に坐っていた男が三四郎に対して日本の批判をはじめ、「どうも西洋人は美しいですね。」と云った。(中略)すると髭の男は「御互に憐れだなあ」と云ひ出した。「こんな顔をして、こんなに弱ってゐては、いくら日露戦争に勝って、一等国になっても駄目ですね。尤も建物を見ても、庭園を見ても、いづれも顔相応の所だが、―


森鴎外
森鴎外の「舞姫」におけるドイツ人少女エリスの美しすぎる描写にも、明治人の白人の美しさに対する心的傾斜は表れています。

年は十六七なるべし。被りし巾を洩れたる髮の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたる面、余に詩人の筆なければこれをうつすべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげにうれいを含めるまみの、半ば露を宿せる長き睫毛におおはれたるは、何故なにゆえに一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。


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ナスターシャ・キンスキー(ドイツ出身)

永井荷風
永井荷風「あめりか物語」には、さらに強烈な白人の肉体美への賛辞が並んでいます。

自分は西洋婦人の肉体美を賞賛する第一人で、その曲線美の著しい腰、表情に富んだ眼、彫像の様な滑<なめらか>な肩、豊な腕、広い胸から、踵の高い小さな靴を穿いた足までを愛するばかりか、(中略)無上の敬意を払つて居る第一人である。(中略)此の夏の海辺は、(中略)赤裸々たる雪の肌の香る里であるをや。



かように、近代の日本人は白人の美しさを讃えてきましたが、それにしても、西洋文明を受け入れたことにより白人の肉体を美しく感じた、という説が正しいとして、文明開化の前に洋行した万延元年遣米使節の武士たちが、早くも白人女性の美しさを嘆賞しているのは説明がつきません。
そこに、白人の美しさの普遍性と、その優越性の疑いのない明確さを感じずにはいられません。
人類に無意識に共通する美の基準に、白人男女の肉体的特徴が刷り込まれているとしか思えない。

沼正三は「ある夢想家の手帖から」の第113章「有色人種の白人感」において、この問題について取り扱っていますが、それについてはまた別の機会にご紹介したいお思います。

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