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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

『鶯姫』の二次創作

谷崎潤一郎の戯曲『鶯姫』の二次創作です。

沼正三『ある夢想課の手帖から』第三章「愛の馬東西談」で紹介されている「アリストテレスの馬」をfeatureしています。


大伴老人が、テニスコートのベンチに腰掛けている。そこへ、壬生野春子(子爵令嬢、十四五の美少女、純白のブラウスに紺のスカートの洋装)が現れ、隣に腰掛ける。



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壬生野春子 先生、お待たせしたかしら。
老人 いいや、しかし、少し早く来てしまったんだよ。
壬生野春子 今日は、テニスクラブの練習がお休みだから、先生と二人っきりでお話がしたくてお呼び出しをしたのよ。でもだいぶ約束の時間に遅れてしまったわ。先生はどれくらい早くにいらしてたの。
老人 いや、実は、君から呼び出されたんで、ついうれしくて、いてもたってもいられなくて、一時間も前に来てしまったんだよ。
壬生野春子 うふふふふふ。先生は私のことが好きなのね。
老人 いや、好きというんじゃないが…、なんというかその、君はなんとなく、名前といい、顔つきといい、物腰といい、私が憧れている平安朝のお姫様を思わせるところがあって、教場にいても、たまにうっとりと見惚れてしまうことがある。私は君が私に挨拶をしてくれるのが毎日楽しみでならない。たまに話かけてくれたりすると、なんだかありがたいような、もったいないような気がして有頂天になってしまう。あるいは君が鈴木さんたちと一緒になって、私を小突いたり、転ばせたりしてからかってくれたときも、同じような気持ちになってしまうんだ。もうそんなときは、その日一日中君の顔やら声やらが頭を離れず、授業をしていても上の空になってしまう。
壬生野春子 うふふふふふ。先生はやっぱりそんな風に私を想っていらしたのね。
老人 ああ、私も教師としてはいかんいかん、と思うんだが、君に対しては、生徒というよりも、昔の庶民が殿上のお姫様を仰ぎ見るような気持ちしか、どうしても持てないんだよ。いまもこうして、教師が生徒に対するよな口を利いているのが、ふさわしくないような、申し訳ないような気持ちがしている。どうか、気を悪くしたり、怖がったりしないでほしい。耄碌した老人の戯言だと思ってくれたまえ。
壬生野春子 いいえ、私ちっとも怖かなんかないし、悪く思ってなんていなくってよ。私、先生を見ていると、十二のときに亡くなった、じいやの事を思い出すわ。私の生まれる前から内に仕えてた人でね、「春子様春子様」といって、とってもかわいがってくれたのよ。
老人 君の内は、今は子爵様だけれども、昔は本物の御公家様だったんだろうねぇ。
壬生野春子 ええそうよ。じいやはそのころから内に仕えていた人だから、私がどんな我儘をいっても、「へぇ、へぇ」なんていって畏まっていたわ。
老人 なんだか、その方の気持ちが、よくわかるような気がするな。
壬生野春子 じいやとは、いろんなことをして遊んだわ。じいやに目隠しをして、鬼ごっこをしたり、じいやの背中に乗って、お馬さんごっこをしたり、じいやは読み書きができたけど、難しい字は読めなかったから、私が御本を読んであげたりもしたわ。じいやはそれが大好きで、自分で御本を持ってきて、「春子様春子様」って言って、ねだったりしたわ。はぁ、なんだか私、じいやが懐かしくなってしまったわ。ねえ先生、今日は先生がじいやの代わりになってくださらない?
老人 ああ、私でよければ、よろこんでその方の代わりになろう。
壬生野春子 それでは、先生、お馬さんになって、私を背中に乗せてちょうだいな。
老人 しかし、ここでしては、誰かに見られると具合が悪いだろう。
壬生野春子 誰も来やしないわ。テニスクラブがお休みのときは、ここへは誰も来ないのよ。ね、先生、お馬になってくださるわね?
老人 しかしだね…
壬生野春子 先生、怖がることはないわ。私、お馬には優しくしてあげるんだから。さ、はやくはやく。膝をついて、四つん這いになってごらんなさいな。
老人 よし、それではやくお乗り。しかし、だれにも喋っちゃいかんよ。

老人、両手両膝をついて四つん這いになる。春子、老人の背中にふわりと横乗りに乗る。



壬生野春子 さぁ、お進みなさい。そうそう。コートを一周してごらんなさい。そうよ、いい調子よ。もっと速度をあげて。おほほほほほ。先生、お上手よ。

老人、春子を乗せてテニスコートを一周する。その間に、木陰から鈴木道子、木村常子、中川文子(以上三人、春子より少し年長の友人、袴姿の和装)が現れて、ベンチのところで待っている。道子は手に縄跳びを、常子は小さな座布団を持っている。老人が春子を乗せたまま到着すると、三人の少女は得意そうににやにや笑いながら騎馬を取り囲む。



鈴木道子 先生、なんて格好ですの。いくら壬生野さんがお気に入りだからって、背中にお乗せするなんて、少し贔屓のし過ぎじゃありませんこと?
老人 はぁ、はぁ、これは、その…、はぁ、はぁ。
鈴木道子 おほほほほほ。おかしいこと。一生懸命走りすぎたのね。先生、先生には悪いんだけれども、今日は私たちまた、先生を騙して徒をしたのよ。先生は壬生野さんの言うことなら何でも聞くみたいだけど、本当にどこまでやって見せるのか、試してみようと思ったの。そしたら壬生野さんは、「先生を四つん這いにして背中に乗って見せる、みなさんも一緒に乗せてあげる」なんておっしゃるので、本当にそんなことをなさるのか、壬生野さんに先生を呼び出してもらって、私たちはそこの木陰から様子を見ていたのよ。木村さんが調子に乗って、こうして手綱と鞍も持ってきたのだけれど、でも、本当にお馬さんになるなんて思わなかったわ。中川さんなんて、「先生はきっとそんなことをなさる方じゃないわ」って、憤慨してらしたのよ。
中川文子 先生、私、先生のことがよくわかりましたわ。教壇に立っていらっしゃるときよりも、今のほうがいきいきしていらっしゃるんですもの。
壬生野春子 (老人の背中に腰掛けたまま)先生は、きっと贔屓なんてなさらないから、みなさんのことも一緒に背中に乗っけてくださるわ。そうですわね、先生。
老人 ああ、ああ。みなさんでお乗りなさい。その代わり、駄馬なんだから二人づつしか乗らないよ。
少女一同 おほほほほほ。
中川文子 ああおかしい。でも、先生は壬生野さんのお馬なんだから、私たちが乗るにしても、壬生野さんと一緒に乗ってあげなきゃ悪いわ。
木村常子 それじゃあほら、これはお姫様専用の鞍よ。

常子、座布団を老人の背中に乗せる。春子、その上にふわりと座りなおす。



鈴木道子 私が最初に乗らせてもらいますわ。

道子、老人の背中に、春子の後ろに横乗りで乗る。春子より少し乱暴な乗り方。



鈴木道子 これは手綱よ。口にくわえるのよ。

道子、縄跳びの両端を持って、老人の顔に引っ掛けるように投げる。老人、縄をくわえる。



鈴木道子 さあ、お進み。もう一周よ。そうら、もっとはやく。

老人、今度は二人の少女を乗せて、テニスコートを一周する。ベンチのところへ戻ってくると、今度は常子が道子に変わって春子の後ろに乗る。また一周して戻ってくる。すると、常子と入れ替わって文子が乗る



中川文子 大丈夫かしら、先生は、疲れて息が上がってしまってるんじゃないかしら。
壬生野春子 だいじょうぶよ、中川さん。先生はお優しい中川さんをお乗せすることができて、喜んでいらっしゃるわ。その証拠にほら、手綱をしっかりとくわえていらっしゃるでしょう。
中川文子 まあ、いじらしいこと。
少女一同 おほほほほほ。

老人、二人の少女を乗せて、さらにテニスコートを一周する。ベンチのところへ戻ってくると、三人の少女はベンチにかけて待っている。



鈴木道子 壬生野さん、私を、アンコールでもう一度乗せてくださらない?私、今度は運動場の方へも周ってみたいわ。
壬生野春子 (老人の背中の座布団に腰掛けたまま)ええ、もちろん結構よ。

道子、文子に代わって老人の背中に乗る。老人、息が上がったのか、くわえていた縄を放してしまう。下に落ちた縄をすぐにくわえなおそうと、頭を下げようとするが、その前に、道子が上手に老人の鼻に縄を引っ掛け、ぐん、とひっぱる。老人、操り人形のようにかくん、と上向いてしまい、口が大開になる。道子、そのまま手綱をぴんと張らせて老人の顔を固定する。



鈴木道子 先生、誰が手綱を放しいていいと申しましたの。
老人 (少し口をぱくぱくさせ、ようやく声を振り絞る)はぁ、はぁ、す、すまない…うっかり手綱を落としてしまったんだ。どうか赦してくれ。どうか、もうしばらく、私の背中に乗っていてくれ。みんな一周りづつしてしまったんで、もう飽きてしまって、君たちが帰ってしまうんじゃないかと少しさみしかったんだ。鈴木さんがアンコールだって言ってくれたんで、うれしくって、はりきってしまったんだよ。どうか赦してくれ。お詫びに学校中を乗り回してくれてもいい。
鈴木道子 おほほほほほ。ええ、では、飽きるまで乗り回してあげますわ。
壬生野春子 (老人の背中の座布団に腰掛けたまま、老人はなおも手綱で顔を固定されている)先生、お口が利けるうちにお伺いしておきますわ。先生はもっともっと、こうして私たちに、背中に乗っていてほしいんですね?
老人 ああ、君たちさえよければ、またこうして馬になりって、君たちを背中に乗せてやりたい。
壬生野春子 それでは、これからもたまにお馬にしてあげますけど、私が頼まなくても、鈴木さんや、木村さんや、中川さんの誰かがお馬になれといったら、すぐにお馬になるんですよ。
老人 ああ、もちろんだよ。
壬生野春子 この手綱と鞍は、先生にお預けしておきますから、持っておいて、馬になるときは忘れずに持ってきてくださいね。
老人 ああ、大切に持っておくよ。それに、乗馬鞭は私が用意しておこう。
壬生野春子 それから、これからは、私たちの召使になって、なんでも言うことをきいてくださいます?
老人 ああ、君たちの言うことなら何でもきく。手をついて挨拶しろといえばする。地面に額を擦りつけろといわれればする。私にとって君たちはもう、それくらい怖ろしくて偉い存在になってしまったんだよ。
木村常子 先生、私たちの言いつけも、壬生野さんの言いつけと同じ様にきくんですよ。
中川文子 みくびって無礼をしたり、言いつけに逆らったりしたら、すぐに壬生野さんに告げ口してきつく躾けてもらうんですからね。
老人 ああ、そんな怖ろしいことにならんよう、気をつけるよ…
少女一同 おほほほほほほ。
鈴木道子 ではさっそく、学校を一周りしていただきましょう。

道子、手綱を少し緩めて老人にくわえさせる。老人、二人の少女を乗せてすぐさま進みだす。木村常子、中川文子、ベンチから立ち上がり、騎馬のあとを追う。そのまま一同下手に下がっていく。
春子、まるで観客席に語りかけるように、独り言をつぶやく。



壬生野春子 どう?私の恐ろしいことが分って?

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コメント

高貴な姫さまとのお馬さんごっこ!
たまらん!ですね~~
白乃さんも馬派だったんですか!?

今回の創作、馬派として大いに楽しめました。
壬生野家の爺やとなって、お嬢さまを背にお庭を這い回ってみたいものぢゃ、
とも~そ~

欲を言えば・・・
大伴先生が最初から春子さんに心情を吐露し、
じいやの代わりに馬になれと言われれば「よろこんでその方の代わりになろう」と快諾するのではなく、
「大人として、教師としての、威厳を保たねば」
という強い気持ちを持っていて、でも春子さんの手練手管によって強固なガードを少しずつ剥がされて、ついには全面降伏、彼女のお馬さんに・・・という筋立ての方が、M的感興が深く、最後の春子さんの台詞(「どう?私の恐ろしいことが分って?」)も活きてくるように思われました。


>手練手管によって強固なガードを少しずつ剥がされて、ついには全面降伏

さすがは仙人。鋭いです。

確かに大伴先生、「心の着衣」を自分で脱ぎすぎですね。春子嬢に一枚一枚剥いてもらうべきでした。
マゾ小説は坂道を転げ落ちていくプロセスが重要なんですよね。でもこれが難しくて、私などは書き始めるとすぐに「谷底」にたどり着きたくてついついプロセスを端折りすぎてしまうんです。

その辺は今後の課題とします。

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