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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

天国の沼正三

妄想です。ちょっとシュールかも。
こちらの記事を読んでから読んでいただくと、よりわかりやすいです。

谷崎と沼のヒロイン像


気がつくと、沼正三は天国にいた。

体は、二十代の頃に戻っていて、服は…あの懐かしくて忌まわしい、日本軍の軍服であった。すぐに、虜囚時代の記憶が胸の奥で疼いた。
「あの人に会えるかもしれない…」
トクン、トクンと胸が高鳴った。

しかし、彼を迎えに来たのは英軍の軍服ではなく、古代ギリシア風の鎧を纏った兵士であった。
「沼正三さん、あなたを連行します。」
沼は抵抗する気にもなれず、縄にかけられたが、気になって尋ねてみた。
「あなたは、どちらの軍隊の方ですか。」
「女神アフロディテ様の軍隊です。」
「アフロディテ様?」
「そうです。あなたの裁きは、アフロディテ様がなさるんです。」
憧れの美の女神の下に引き出されると知り、沼は、先ほどのセンチメンタルも忘れて期待に胸を高鳴らせた。

連れてこられたのは、見事なギリシア風の神殿であった。
大理石の石段を登ると、奥からえもいわれぬような甘い匂いが漂ってきた。奥からは白い光が見えている。
近づくと、大きなローマ風のベッドの上に、真っ白い裸体をこちらに背中を向けて横たえた女神の姿があった
体にはウェーブのかかった見事な金髪と、透き通った薄い絹の布が掛かっているだけであった。女神の体はかすかにふんわりと光を放っているようだった。
沼は、頭の中が、女神の肌とまったく同じ色に染められていき、詰め込んであったいろいろなものが、スゥっと追い出されていく感じがした。見蕩れるというのでなく、心酔しているという感じがした。

兵士はベッドの前に沼を連れて行った。
兵士が縄を放すと、沼は腰を抜かしたようにペタン、とその場に座ってしまった。
女神はおもむろに体を起こし、沼に背中を向けてベッドに腰掛けた。絹の布は背中から滑り落ち女神はそれを膝に掛けた。
沼はあわてて平伏した。縄で後ろ手に縛られたまま、額をしっかりと大理石の床につける姿勢をとった。視界が闇になると、甘い匂いがより強く意識された。

「縄を解いてあげなさい」女神が命じ、兵士が縄を解いた。沼は自由になった手を額の前にしっかりとつけた。
「お名前は?」
女神の問いに、沼は数センチだけ顔を床から離して答える。
「沼正三と申します。」
「そう、あなたが…。」
ペラ、ペラ、と、女神は本をめくっているようだった。
「女神を恋してしまった男、文字通り女神以外を恋することのできぬ男、それがマゾヒストだ…なかなか面白い御本ですこと。これは、あなたがお書きになったの?」
ポン、と沼の前に本が投げ落とされた。本を見るまでもなく、沼は答えた。
「はいっ」
「お猿さんにしては、なかなかよくお勉強なさったのね。」
「お猿さん」という言葉に、沼の脳から脊髄に激しい電流が走った。女神の肌を見、女神の匂いをかいで限界まで昂ぶってしまっていた若い体は、電流に反応してビクン、と波打ち、股間に熱いものが迸った。女神に「お猿さん」と言われて射精してしまったのだ。
「あらあら。あなた今、裁かれているのよ?おわかり?」
女神はあきれていた。
「人に対して罪を犯した者は、大神ゼウス様が裁くのだけれど、神に対して罪を犯した者に対しては、その神が裁く権利を持つの。」
「はいっ」
「女神に対して淫らな欲望を抱くこと自体、大罪なの。例えば、「芸術だ」といって女神の裸体を画いたり、淫らな気持ちでそれを鑑賞した人も。アルテミスなんて、毎日男の人を何百人も処刑しているわ。でもね…私だけはその罪を全て赦しているの。私に対して欲望を抱いた男の人を裁いていたら、きりがないものね。」
ドキン。「アルテミス」という女神の名を聞いて、沼はふと、目前の女神に対して後ろ暗いことに思い当たった。目の前に投げ落とされた著作。自分の分身のようなものだ。これは証拠品なのか…。
「ねえ、お猿さん。あなた、神に隠し事ができるとでもお思いなのかしら。「証拠品」だなんて…神の裁きに必要なわけないでしょう?」
そうだ。女神には自分が今何を考えているのか、手に取るようにわかっているのだ。沼は覚悟を決めた。赦されるはずはない。しかし、赦しを請うしかない。
「お、お赦しを…」
「罪をお認めになるのね。」
「どうか、どうか、お赦しを…」
「では、あなたのアフロディテ論を、読んで聞かせて頂戴。」
「そ、それだけは、どうか、ご勘弁を…。どのような罰でもお受けいたします。それだけは…。」
「神に二度同じ命令をさせるつもり?」
沼は全身を震わせながら著作を手に取り、ページをめくった。そして、ほとんど泣きじゃくるようにして、あまりにも罪深い文章を朗読した。
「し…しかし、真にマゾヒストを以って任じている人なら…ア…アフロディテを選ぶまい。…三者は皆それぞれにマゾヒストを喜ばす特質を備えているではないか。優美な女性的資質だけを…う…んぐっ…売り物にしているアフロディテよりも、はるかに魅力があるではないか…。はぁはぁ…どうか、どうか、お赦しを…。」
「悪いことをしたわね。私の兵士よりも先に、ヘラ様やアテネやアルテミスの兵士に捕まっていたら、お望みがかなっていたのに。」
「めっそうもございません。こ、こんなものはぁ、気狂いの、黄色い猿の、戯言でございます。お赦しください、アフロディテ様ぁ。どうか、どうか…。」
「あなたは、拷問や懲罰について、ずいぶとお勉強なさっているみたいだけど、女神の懲罰がどんなものかは、ご存じないんでしょうね。」
「はいっ。」
「では、たっぷりと教えて差し上げます。」
これがアフロディテの判決であった。

裁きが終わる頃には沼の「理想の女神」はすでにアフロディテに変わっていた。そして大罪を贖う永く峻烈な懲罰を受けている間に、ヘラも、アテネも、アルテミスも、「あの人」のことも記憶から完全に消え去り、ただただ一途に美女神アフロディテを想う廃人へと変わってしまった。

アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」
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ディエゴ・ベラスケス「鏡のヴィーナス」
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シモン・ヴーエ「眠れるヴィーナス」
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タグ : マゾヒズム谷崎潤一郎沼正三家畜人ヤプーある夢想家の手帖から寝取られ三者関係白人崇拝美男美女崇拝

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コメント

こうしてアフロディテ(が、ローマに移って菜園の守護女神と合体し、美の女神となったビーナス)の似姿を見ておりますと、確かに、美しくグラマラスな方にお仕えするのも悪くないかな、という気がいたしてまいります。

それにしても、世界の神話にはいろいろな女神が登場しますが、「美の女神」という女神を想いついたギリシャ、ローマの人たちは、やはりよほど自分たちの女性を美しいと思っていたのでありましょうな。

女性美の基準は文化によって異なると言われていますが、「美の女神」まで創生して自民族の美女性を讃えたという事実は、やはり彼らの女性がとりわけ美しいことの証左なのかも知れませんね。

私は『ヤプー』に登場する四女神を三千世界最高無比の女神として崇めているので、沼のヘラ、アテネ、アルテミス崇拝はすんっごくよくわかるんです。

が、一方で、「美尊醜卑」をモットーとする者として、「美の女神」アフロディテ様をないがしろにするのはちょと看過できないんですね。なので、告げ口をして少し?お仕置きをしていただきました。

>彼らの女性がとりわけ美しいことの証左

ここに貼ってあるのはルネサンス期以降の絵画ですが、ギリシア・ローマ時代の彫像と比較するとき、西洋人の肉体美の基準が不変(普遍)であることに驚き、感服しないではいられません。
ルネサンス以降、彼らが女性の肉体美への賛美から、
「人間の肉体は美しい、だから人間は何より尊いものだ」
という「人間至上主義」の考えに至り、やがて彼らの肉体美の基準から外れた人々に遭遇したとき、このモットーの「人間」が「白人」にすり替わったというのも、無理なかぬことかもしれません。黄色い肌をまとって生まれた身として、頭で否定しようとしても、この女神の似姿を眼前にしたならば、理屈を超えた審美に誠実にならざるを得ません。
「我が民族の女性のほうが、美の女神にふさわしい」と、心から言える人が、はたして有色人種の中にいるのでしょうか…。

同胞女性を貶めるつもりは毛頭ありません。
日本人女性にもとびきりお美しい方は大勢いらっしゃいます。
また、白人女性にも、お美しくない方が少なくありません。

あくまでもそのことを前提に申し上げるのですが、美しい白人女性を拝見いたしておりますと(実人物はもとより、お写真を拝見した場合であっても)、心が洗われ、清められるような心地がいたします。

一方同胞の美女性を拝見しますと、確かにうっとりと憬れに似た気持ちは湧きますが、崇拝にも似た気持ちに至ることはそうございません。

それが、日本人男性の普通の気持ちではと思われてならないのですが、実際には、日本男児にしてそのように感じる人はあまりいないようです。それが不思議でならないのでございます。

日本人女性がどんどん美しくなるにつれ、白人女性をの美を崇拝する気持ちを理解する人が減っていくのも、無理のないことかもしれません。

しかし、白人女性の美を崇拝する気持ちを理解できない、そんな人に色鉛筆を渡して、「女神を描いてみろ」「天使を描いてみろ」「お姫様を描いてみろ」といえば、結構何の気なしに肌を白く、髪を黄色く、眼を青く描くんじゃないでしょうか。

そういう意識が日本人の中に残っている限り、「女神を恋する人」=「マゾヒスト」の白人崇拝の火は消えないのではないかと思っています。

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