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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

『ある夢想家の手帖から』全章ミニレビュー 第3巻「おまる幻想」

沼正三の長大なエッセイ集『ある夢想家の手帖から』につき、全章をミニレビューをつけて紹介していきます。
入手できた挿画、関連する画像を合わせて掲載します。

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第六八章
マゾッホの奴隷契約
『毛皮を着たヴェヌス』に登場する奴隷契約と、マゾッホ自身がファニイ・ピストル夫人、オーロラ・リューメインと結んだ奴隷契約を紹介。

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レオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホ

第六九章
恋人の庭の熊(『リリの動物園』)
美少女に飼われる熊の切ない慕情に、自らの恋を重ねたゲーテの詩を紹介。

第七〇章
お前は熊だよ
畜化願望の一類型として熊となる願望を紹介。毛皮を着て熊になりきれるのが利点のようです。

第七一章
奥様の反吐
以下五章は汚物愛好コプログラニアについて。
とっかかりは沼の祖父の話。
ある伯爵家のお抱え車夫だった祖父は、奥様が訪問先で吐き出した反吐を素早く片付けるために啜った、というもの。

第七二章
浄穢不二
「浄穢不二」つまり綺麗・汚いの差など表面上のもので、本質的には差はないという禅門の思想を、汚物愛好と結びつけます。

第七三章
髑髏便器
自らの頭蓋骨を崇拝する女性に遺贈し、死後に便器となるという妄想。
付記では、清宮貴子内親王に対する並々ならぬ憧憬を吐露しています。

第七四章
未来の便所
未来の排泄風俗を予想し、人間便器や髑髏便器実現の可能性を考察。

第七五章
三つの勤務
女主人からマゾヒストへの返信シリーズ。
汚物愛好者コプログラニストに対して、三段階の調教を行うというもの。
第一段階:奴隷勤務
第二段階:便器勤務
第三段階:舐め勤務(クンニリングス)

第七六章
日本のクイーン
吉田茂の三女:麻生和子を貴婦人崇拝者パジストにとっての理想の貴婦人として、並々ならぬ憧憬を吐露しています。
(麻生太郎元首相のお母さんですね。)

第七七章
ドミナの三要件―パジストよりみたる麻生夫人―
貴婦人崇拝者パジストにとっての理想のドミナの要件は、高貴、財産、驕慢であるとし、麻生和子がこの要件を満たしていることが伺えるエピソードを紹介します。

附記では「今の世で最もドミナ的特性に富む女性」ジャクリーン・ケネディ・オナシスについて。

当時のマゾヒズム作家陣は沼正三以外にも白人崇拝・貴婦人崇拝・乗馬女性崇拝者が多く、それが三拍子そろったジャクリーンの狂崇的な崇拝者が続出したようです。
白野勝利『ジャクリーンの厩』、天野哲夫『女帝ジャクリーンの降臨』など、たくさんのジャクリーンに対するオマージュ作品が紹介されています。
一群の外国人の心をここまで狂わせるジャクリーンの魅力に脱帽叩頭させられますが、この世代の抱える米国に対するトラウマの深刻さも感じずにはいられません。

沼は妄想します。ジャクリーンは、日本の作家たちが馬になっって自分に乗られたり、便器になって自分の排泄したものを口にすることを渇望し、果ては万世一系の君主を廃して自分を国家の主権者に迎えることを妄想して、競って小説にしていることを知ったらどう思うか。「あたりまえよね」と愛娘のキャロラインと顔を見合わせて笑うのではないかと…。

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ジョン・F・ケネディ大統領とジャクリーン夫人              キャロライン・ケネディ

第七八章
男ではない、奴隷ですわ
フランス人女性の一八世紀ロシアの見聞録より。
慎み深い公爵令嬢が、召使に放尿の手伝いをさせる。
貴婦人・令嬢の、貴族同士に対する態度と、下層階級の者に対する態度の落差を重視するのも、沼の貴婦人崇拝パジズムの特徴です。

第七九章
最初に犂を曳いた者
アドルフ・ヒトラーの『我が闘争』よりナチス・ドイツの思想について。
先史時代のアリアン人種について、『リグ・ヴェーダ』などの古典研究の結果ヒトラーが得た結論は、以下のようなもの。
・アリアン人種は馬などの家畜よりも先に劣等有色人種を奴隷として使役しており、アリアン人種が発明した犂による耕作など、後に家畜が行うことになった労働も先に奴隷が行っていた。
・劣等有色人種は生存競争の原理に従えば絶滅すべきところを、アリアン人種に征服され奴隷になることによってのみ、生存することが可能となった。よって劣等有色人種はアリアン人種に征服され使役されたことを感謝すべきである。
・征服された劣等有色人種の奴隷労働が苦しいものであったとしても、それによってアリアン人種の文化建設に役立つことができたのだから、やはりアリアン人種に征服され使役されたことを感謝すべきである。

この思想は必然的に現在および将来のアリアン人種世界制覇を正当化します。
そして、アリアン人種は劣等有色人種を征服し奴隷化・家畜化することで「人間以上のもの」へと進化していき、劣等有色人種は「人間以下の境涯」へと堕ちていく…ということになります。
これについても本来無意義に死に絶えていく運命のところ、神に近づいていくアリアン人種に奉仕できることを、劣等有色人種は感謝すべき…ということになるのでしょう。

第八〇章
苦しくはあるが有用な
白人種が、有色人種の苦痛を理解しながらもし、白人種にとって有用な場合にはそれをほとんど問題にしないことを例証します。

第八一章
プロジェクト「奴隷化」
個人的に全章中一番好きな章です。

沼正三の脳裡に形成された「白人が支配する世界」の妄想は、やがて『家畜人ヤプー』のイース帝国に結晶するのですが、そこに至るには途中大きく二つの流れがありました。
一つは第一七章「混血への妄想」で紹介された、敗戦後の日本が米国の属領となる妄想。
もう一つが本章に紹介された、日本がナチス・ドイツに占領支配され、その人種論に基づいて日本人が計画的に奴隷化されていくという妄想です。

その万事に及ぶ妄想の中から、教育制度が詳述されています。
日本人は幼児期から少年期に受ける高度に効果的な教育によって、白人に奉仕することを至上の喜びとする奴隷に育っていきます。
教育は主に下記三段階です。
第一段階(乳児期):白人家庭に預けられ、白人の下半身に対する憧憬を植えつける。
第二段階(児童期):日本人の学級全体で一人の白人生徒に奉仕する。
第三段階(少年期):当番制で白人家庭に家事奉仕する。
それぞれすばらしくマゾヒスティックな設定が非常に詳細に書かれており、これはいずれ別記事で紹介したいと思います。

さて、イース帝国にいたる二つの日本占領妄想のうち、第一七章「混血への妄想」の方は、「日本人女性を白人男性に寝取られる」という奇怪グロテスクなトリオリズムと、それによって生まれる混血ハーフを中間支配者とすることで純粋白人との隔絶をより深刻にする、という点が特徴です。
これに対して本章に描かれる占領政策においては、混血は禁止されています。
『家畜人ヤプー』にはこの混血禁止が受け継がれています。「日本人女性が孕まされる」という願望は子宮畜ヤプムのくだりにわずかに反映され、中間支配者には黒人が起用されました。
一方、家事奉仕を重視する奴隷願望セルヴィリズム、性欲を昇華した白人の肉体への一方的憧憬を重視する侍童願望パジズム、白人の足元に這い、尻の下に跪くことを重視するスクビズムといった本章の妄想の特徴は、そのまま『家畜人ヤプー』に受け継がれています。

そういう意味で、『家畜人ヤプー』に直結したのは、本章に紹介された妄想といっていいでしょう。

第八二章
ネアンデルタール人の血
クロマニンヨン人がネアンデルタール人を征服して家畜として使役した。
馴致されたネアンデルタール人はクロマニンヨン人を崇拝し、服従することに満足するようになった。
その上で異種間通婚が起こり、その混血児の子孫は、「家畜的服従への衝動」を持つマゾヒストとなった…という説。

第七九章・第八二章附録
(二俣女史に答えて)
二俣志津子という作家が第七九章「最初に犂を曳いた者」の記述に異論を唱えたことに対する反論を掲載。
ここに、この『ある夢想家の手帖から』というエッセイ集の本質が記されています。
つまり、これはマゾヒストが読んで性的に興奮することを目的とした文章であり、それがたまたま小説ではなくエッセイ集という形態をとっている、ということです。
例えば白人崇拝に関していえば、
「これこれこいうわけで、白人種は優等で有色人種は劣等である…というふうに考えると、興奮してしまいます。」
これの「…というふうに」以下をあえて省略しているんですね。
女性崇拝で言えば、
「これこれこういうわけで、女性のほうが男性より優れています。」
となるわけです。
この際、「歴史的に真実かどうか、科学的に正当かどうか、そんなことは本来眼中にない」んですね。
もちろんまったく事実でない妄想は「これは妄想です」と断っていますが、「白人種は優等で有色人種は劣等である」「女性のほうが男性より優れている」といった結論に寄与する事実は積極的に採用するし、寄与しない、不利となる事実は無視します。読者を納得させることを目的とするエッセイであれば、これではダメなんですが、『手帖』は読者を性的に興奮させることを目的としているので、これでいいんですね。
これは、歴史上・同時代の人物・出来事に関する記述についても同様です。
理想のドミナとして紹介する場合はそれに寄与するエピソードだけを記述し、男性をマゾヒストとして紹介する場合はそれを裏付ける言動のみを取り上げます。
あるいは文学作品の解釈についても同様に、マゾ的に興奮できる箇所のみを取り上げ、都合よく解釈してしまいます。

第八三章
空想科学小説についての対話
なぜか本章は沼と弟子のような人物との対話編で語られています。
マゾヒスティックな空想科学小説を紹介。

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『巨人族の娘』の表紙

第八四章
地獄の谷間(『ペット・ファーム』)
ロージャー・ディの『ペット・ファーム』を紹介。
昆虫型の宇宙人「ヒメノプス」に征服されて馴致された地球人が、ヒメノプスのペットである蛾の餌となり、ヒメノプスが去った後も嬉々として蛾の餌となり続けている…というもの。

第八五章
若いマゾヒストの告白
戦前雑誌に掲載され、繰り返し盗用されたある匿名の報告を紹介。
複数の女性(女群)に陵辱される体験が特徴。

第八六章
ある洟汁賛歌をめぐって
クラフト・エビングの著作に報告された事例。
東洋人の留学生が大家の英国夫人に恋し、夫人が洟をかんだハンカチを盗み、洟汁を舐めた、というもの。

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エリザベス・テイラー

第八七章
加虐への開眼(『月光』)
有馬頼義『月光』を紹介。

令嬢阿也子は保尊中尉に強姦され、結局彼の妻となり、北満に同行する。
保尊中尉は当番兵の大西を召使として使役しており、やがて阿也子も大西を酷使するようになる。
保尊中尉は大西に阿也子の肌を風呂場で洗わせたり、阿也子との夜の営みを見せ付けたりもする。
終戦後帰国した三人は、大西の家に住むことになるが、大西は妻の松枝を差し置いて主人の妻阿也子にかしずく。
保尊中尉は松枝を寝取って孕ませる…などなど。
最後には、阿也子が大西を殴る。
沼はこれを阿也子の「加虐への開眼」と解釈します。



第八八章
荷車犬志願
荷物を挽く挽畜について。直接騎手に乗られるという「ご褒美」がない分、むしろマゾヒスティックではないか、としています。

第八九章
人か犬か(『狂った人々』)
香山滋『狂った人々』を紹介。
浮浪児が美少女のいたずらによって自分のことを犬と信じ込んでしまう。少女は浮浪児を本当の犬として扱い、大八車を挽かせる…というもの。

第九〇章
閨房の備品になった男(『丹夫人の化粧台』)
横溝正史『丹夫人の化粧台』を紹介。
老博士の若き夫人が寝室の化粧台の中に美少年を愛人として隠している、というもの。

第九一章
人間から畜生へ
前章で紹介した『丹夫人の化粧台』から妄想を膨らませた沼の二次創作。
鍵をつけて愛人を閉じ込めた夫人は、やがて愛人を畜生扱いにし、飲用水を供給するために作った洗面台で足を洗い、猫の残飯を与える…などなど。

第九二章
死ぬまで檻の中においで(『ポンパドゥールの奇行』)
マゾッホ『ポンパドゥールの奇行』を紹介。
一八世紀フランス。崇拝する令嬢アドリアンヌの歓心を買うため、国王の寵妃ポンパドゥール夫言い渡される。
詩人はアドリアンヌの結婚式の日、狭い檻に入れられ、パリの公衆でさらしものにされる。
詩人はその後も狭い檻に収められているが、ポンパドゥールもアドリアンヌも詩人の存在などとうに忘却してしまっている…などなど。

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フランソワ・ブーシェ『ポンパドゥール公爵夫人』

第九三章
人間燭台(『燈台鬼』)
南条範夫『燈台鬼』を紹介。
遣唐使の小野石根が、唐で遭難して奴隷として売られ、余興として宴会の座を照らす人間燭台となるという話。

第九四章
痴愚扮技(『幻炎』)
黒田史郎(天野哲夫)『幻炎』を紹介。
痴愚者を装って女性に嘲弄され、奴隷や家畜の気分を味わう、というもの。

第九五章
お嬢様のお靴を……
ドイツ人の症例。
丁稚奉公先で令嬢の長靴ブーツを磨かされる青年の話。

タグ : マゾヒズム谷崎潤一郎沼正三家畜人ヤプーある夢想家の手帖から寝取られ三者関係白人崇拝

『ある夢想家の手帖から』全章ミニレビュー 第2巻「家畜への変身」

沼正三の長大なエッセイ集『ある夢想家の手帖から』につき、全章をミニレビューをつけて紹介していきます。
入手できた挿画、関連する画像を合わせて掲載します。


第三二章
女主人の鞭(『月夜鴉』)
以降三章は「むち」について。
川口松太郎『月夜からす』を紹介。三味線の女師匠が弟子の男を鞭撻して奴隷化します。

第三三章
むちのいろいろ
様々な種類のむちを解説します。
「鞭」は皮革などの動物性、「笞」は木の枝などの植物性のものをいう…などなど。

第三四章
笞刑と鞭刑
アントン・チェーホフの『サガレン島』(『サハリン島』)からの引用で、笞刑と比較して鞭刑がいかに苛烈な刑罰であるかを解説します。
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アルブレヒト・デューラー『オルフェウスの最期』。これは「杖刑」。

第三五章
微視的マゾヒズム
マゾヒストが次第に強い刺激を求めていくにつれて、弱い刺激には鈍感になるかというと、必ずしもそうではなく、「レファインされた」(洗練された)マゾヒストは、弱い刺激にも敏感になり、夢想の種を見出すようになる、とします。
この現象を微視的マイクロマゾヒズムと名づけています。

第三六章
手を踏まれて
微視的マイクロマゾヒズムの一例として、沼自身がある日満員電車で、美女の靴に手を踏まれた体験を紹介。
当時の満員電車では乗客は座席の上にも立ったそうで、沼は立つのが遅れたために手を踏まれてしまったんですね。
田園調布駅から渋谷駅までその状況を楽しんだ様子が克明に描かれています。
沼はこう考えるんですね。
「美女は友人と話をしている。卑賤な自分の手の痛みごときのために、その会話を一瞬でも邪魔しては申し訳ない。」
さらにはこう妄想を膨らませます。
「彼女は自分の手を踏んでいることを知っているが、彼女にとっては自分の体などは床や座席と同じ値打ちしかないのだから、足をどける必要を感じないからそのまま踏んでいるんだ。」
この美女は永く沼の「心のドミナ」となったそうです。

本章は、「精神的陵辱が正当マゾヒズムの真髄であるならば、なぜマゾヒストは肉体的苦痛を求めるのか」という問題を考える上でも非常に重要ですね。
沼にとっては「肉体的な苦痛を与えられる」というのは、「上位者から、自己の精神・肉体・尊厳・生命を軽視・無視される」という精神的陵辱の一種なんですね。
ただ、「肉体的な苦痛を与えられる」というのが他の精神的陵辱と比べて特別なのは、与えられた肉体的な刺激が精神的な快楽に強く作用し、陵辱に実感を伴う、という付加価値(おまけ)がついているということなんですね。

第三七章
鼠入りハイヒール
ハイヒールのかかとの部分に透明ケースを設けてハツカネズミを入れるというファッションがある、というニュースから、そのハツカネズミになった妄想を披露します。
さらに、人間のために生(生命、生活、一生)を利用される家畜という存在にたいする並々ならぬ思いを吐露しています。

第三八章
漫画の効用
日本には、マゾヒズムをモチーフにした美術作品が少ないが、その代わりに、漫画にはマゾ的に昂奮できる作品がたくさんあるとして、作品を紹介しています。
さすがにこれは、現代オタク文化を知る者としては驚くようなものはあるまいと思いきや、なかなかどうしてすごい内容の作品が並んでいます。

第三九章
マゾヒストの詩
以降六章は汚物愛好について。
ドイツのマゾヒストがドミナに贈った詩を紹介。

第四〇章
人間ポット
飲尿について。
ドミナから直接こぼさずに飲尿するのは、物理的にそんなにたやすいものではない、としています。

第四一章
人間トイレ
食糞について。
飲尿と比較して食糞は心理的抵抗は極めて大きい。
一方、物理的には飲尿ほど困難ではない、としています。
さらに、白人にこそ人間便器使用者としての資格があることを延々と解説します。
沼正三の場合、心理的禁圧が強い陵辱であっても、白人崇拝を持ち出すとあっさりと禁圧を乗り越え、むしろ病的なまでに強烈な願望になります。人間ビデ願望や、男性器への奉仕についても同様です。上位者が同胞である場合と、白人である場合のダブルスタンダードができてしまっています。
「同胞からは受け入れられないけれど、白人に対してはは強烈に欲してしまう陵辱」。これが沼正三のマゾヒズムの特異性です。

第四二章
女神を求めて
マゾヒストの手紙シリーズ第三弾。
嗜虐女性サディスティンに後天的に馴致されたマゾヒストであることを指摘。
捕虜時代の同様の体験に触れています。
付記でラルフ・ウォーレス『服従学校』を紹介。
妻や母の依頼で男性を奴隷に馴致する施設。財産目的で結婚した妻の依頼で収容された男が、妻が愛人と旅行を楽しんでいる間に徹底調教を受けます。

第四三章
対象神格化の心理
汚物愛好が対象神格化に結びつきやすいことを解説。
沢井和雄『奈落の欲情』を紹介。
劇団の花形女優:ゆかりの奴隷となった道具係:サムの物語。徒弟→主従→奴隷→飼犬→道具にまで堕ちたサムは
ついには人間トイレとなる。サムの支配者は、ゆかり自身からゆかりの尻へ、さらにゆかりの排泄物へと代わっていく。それにつれて、ゆかり自身はサムにとって遠い神の世界の住人となってしまいます。
さらに、マゾヒストのファンが映画女優に贈ったファンレターを紹介。
足の裏にキスすることは、人間が神に、畜生が人間にする行為であって、畜生が神に対する場合は、神の排泄物を仲介物として、それを尊ぶしかない、とあります。
また、幼児が母を慕うように女性を崇拝する侍童願望パジズムが、汚物愛好と対象神格化に結びつきやすいことを解説します。

第四四章
ピカチズムと舌の役割
汚物愛好の中で、受動的に汚物を受ける人間トイレに対し、能動的に汚物を舐める願望をピカチズムとします。
代表的なピカチズムとしてトイレ紙代用奉仕、クンニリングスを挙げます。
付記では米国留学中に、郷里に婚約者のいる年下の白人女子学生に舌奉仕をした日本人学生の「自慢話」を紹介。

第四五章
犬になりたや
犬への変身願望について。
付記では英国で狐狩りを見物した体験を披露し、騎馬の男女に魅せられて乗られる馬にも、狩られる狐にもなりたいと思ったが、それ以上にフォックス・ハウンドになりたかった、としています。
以下十章延々と「犬」について。
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狐狩りの様子。あなたは馬派?犬派?それとも狐派?

第四六章
夫を飼う決心
オーストリアでの症例を紹介。
戦争で眠っていた願望が発露した軍人が、妻に対して手紙で、帰還時には犬として扱うよう懇願します。

第四七章
犬のくせに……(『犬頭の男』)
ジャン・デュトゥール『犬頭の男』を紹介。
生まれつき犬の頭を持った男の物語。人に嫌われ、社会的にも差別されている彼が、自分を玩弄する同僚の美女に恋してしまいますが、徹底的に本物の犬として扱われます。

第四八章
女司令官の靴を舐めて…
マゾッホ『前哨に立つ女』から一場面を紹介。
ロシアとトルコの戦争中、トルコのパシャが、ロシア軍の女司令官:ソルチコフ伯爵夫人の捕虜になります。パシャは宴会の余興として貴婦人たちの前で犬吠えの真似をさせられます。
ここから先は沼の二次創作。
伯爵夫人はパシャに客人の靴を舐めるよう命じますが、パシャがためらったため、鞭を使います。これでパシャは完全に屈服し、伯爵夫人の長靴ブーツを舌で掃除する…などなど。
付記では、奴隷制廃止期の米国南部における白人たちのパーティーの一場面を紹介。
客人の青年が生クリーム菓子を落として令嬢の靴先を汚したので、青年がハンカチで拭おうとしますが、令嬢がそれを制して黒人少年を差し招いて靴先を指差し、クリームを舐め取らせつつ、青年とは会話を再開します。

第四九章
私は犬です
マゾヒストの手紙シリーズ第四弾。
一九世紀末の犬願望者。

第五〇章
犬と猫
なぜマゾヒストが家畜の中でも特に犬になりたがるのかを猫との比較で解説。
猫が存在するだけで人に愛され、自由を謳歌しているのに高貴な動物であるのに対し、犬は人に従順で忠実で、さまざまな人間の用途に供されている、卑しい家畜であるため、とします。

第五一章
犬好きの女と猫好きの男
前章にいう犬と猫の性質から、マゾヒストには猫好きが多く、マゾヒストにとって理想的な女性は、犬好きが多い、とします。

第五二章
夫を飼う(『犬の変奏曲』)
木場草介『犬の変奏曲ヴァリエーション』という小説を紹介。
猫好きの妻が犬のような夫を嫌い、夫が発狂する話。
付記では白野勝利の『現代の魔女』を紹介。
詳細はこちら。
HNの由来と作家:白野勝利氏

第五三章
ハイネの妻
十八歳年下の妻に犬として拝跪したドイツの詩人ハイネのマゾヒスムについて。
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ハイネと妻マチルド

第五四章
マゾッホと犬と猫
マゾッホも、猫を愛し、犬に対しては同類感を抱いていたことを解説します。

第五五章
マゾッホをめぐる女性たち
マゾッホの性的遍歴を紹介。
・アンナ・フォン・コトヴィッツ夫人:最初のドミナ。犬のように奉仕させたあげく、マゾッホを捨てます。
・ファニー・ピストル夫人:マゾッホは彼女の奴隷としてフィレンツェに随行しました。奴隷契約も結んでいます。
・オーロラ・リューメイン:『毛皮を着たヴェヌス』のヒロイン・ワンダを名乗ったマゾッホの夢想の女性。十年間マゾッホは彼女に奴隷として仕えます。
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マゾッホとファニー・ピストル夫人

第五六章
人血搾取
唐のある町で染物に使う人血を搾取するために人が飼われる、という説話を紹介。

第五七章
女体沐浴
野村胡堂『揮発した踊り子』という小説を紹介。
体から分泌するものは、汗でも尿でもよい匂いがする女性を愛した男が、彼女の入った浴槽に酒を注いで汗と混和させて愛飲するという話。

第五八章
浴槽から乾杯!(『仇討三鞭風呂』)
獅子文六『仇討あだうち三鞭シャンパン風呂』という小説を紹介。
フランス人少女が、浴槽に満たしたシャンパンを男たちに飲ませるが、実は彼女は浴槽の中で放尿していた、という話。

第五九章
ポッペアのミルク風呂で
ローマ皇帝ネロの妃:ポッペア・サビナがミルク風呂に入っていたという史実から着想した妄想。
沼はポッペアの陰毛の手入れをする奴隷なのだが、哀れ、ポッペアの残酷な好奇心の犠牲になり、些細な咎から舌を切断されます。
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映画『暴君ネロ』よりクローデット・コルベール扮するポッペア

第六〇章
矮民王義
隋の煬帝に仕えた侏儒ドウオーフ(小人)の宦官:王義に着目。
史実では煬帝の荒淫を諌めた王義ですが、沼の妄想内では、後宮で煬帝と寵妃に性的奉仕をさせられています…。
付記では『家畜人ヤプー』の「女陰畜」につながる顔面女陰妄想に言及。
ドイツで上流貴族の青年に対して口淫奉仕を妄想したところ、「既に人間便器妄想で汚されている私の口部」では、青年に申し訳ないと考えたことから着想したそうです。
白人貴族に対する沼の尋常でない心的傾斜が垣間見えるくだりです。
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ルネ・マルグリット『レイプ』

第六一章
侏儒と道化
王侯や寵妃の玩弄物とされた侏儒と道化について。
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ジャン=マルク・ナティエ『マドモアゼル・ド・クレルモンのトワレ』

第六二章
醜い黒犬から
マゾヒストの手紙シリーズ第五弾。
アルジェリア人の資産家が、フランス人の秘書官夫人の飼い犬になることを希望する内容。
被支配民族の支配民族に対するマゾヒズム(=有色人種の白人崇拝)が衝撃的な形で現れています。

私の暗色の皮膚は、私たちアルジェリー人が貧富を問わず、その皮膚ゆえに白き皮膚の人々に隷属すべきことを教えていないでしょうか。
(中略)
私はアルジェリー人の本来の使命は支配者なる白き皮膚の人々に仕えることにあるのだと悟り、(後略)


書かれたのは二十世紀初頭。フランス人入植者のサディズムともいうべき苛烈で残忍な支配に対して、密かに敵愾心を抱くことすらできずに、心の底からフランス人に隷属してしまうマゾヒストが出現したことに、戦慄してしまいます。
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フランス植民地時代のアルジェリア

第六三章
人間は動物である
前章の続き。
フランス人の秘書官夫人に手紙を送ったアルジェリア人は、自らを「飼養」することを条件に、全財産を夫人に贈与してしまいます。
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オーブリー・ビアズリー『モーパン嬢』(テオフィル・ゴーティエ)の挿絵

第六四章
愛情の一方通行
バルザックの『モデスト・ミニヨン』を紹介。
地方貴族の令嬢モデストと三人の求愛者の物語ですが、もう一人、モデストに恋する脇役・ビュッチャに着目。
せむしで侏儒で私生児のビュッチャの恋は、「三人の求愛者」のそれと違い、「虫けらが星を慕うような片恋」なのです。
付記で「愛情の一方通行」について解説。
田沼醜男という作家が名づけた概念だそうで、自らに愛を捧げた男に対する、女の無関心、冷笑、裏切、忘却等を意味します。
これは谷崎潤一郎が大大大好きなパターンですね。
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『モデスト・ミニヨン』の挿絵

第六五章
愛国心か情欲か(『デュポン博士とその妻』)
長谷川如是閑にょぜかんの『デュポン博士とその妻』という小説を紹介。
顔も体も「滅茶苦茶にこわされた」畸形のフランス人デュポン博士。かれの畸形は、アルジェリアの先住民・ベルベル人である夫人により、フランスへの復讐として加えられた…という話。

第六六章
日の丸ズロース
終戦直後、台湾では日本による支配への復讐として日の丸をズロース(女性のパンツ)とすることが流行したという伝聞。
付記では「地位逆転」のマゾ的効果に言及。
さらには「天皇制の冒涜」に言及し、白野勝利『ジャクリーヌの厩』を紹介。
詳細はこちら。
HNの由来と作家:白野勝利氏

第六七章
人間テーブル
従軍時代に兵営で古参兵の人間テーブルとなった経験を披露。
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オーブリー・ビアズリー『蔵書票エクスリブリス

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『ある夢想家の手帖から』全章ミニレビュー 第1巻「金髪のドミナ」

沼正三の長大なエッセイ集『ある夢想家の手帖から』につき、全章をミニレビューをつけて紹介していきます。
入手できた挿画、関連する画像を合わせて掲載します。


第一章
夢想のドミナ
マゾヒストにとっての理想の女性像を、ギリシア神話の女神を用いて考察します。
こちら↓をご参照ください。

谷崎と沼のヒロイン像 

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ヴィンターハルター画『エリーザベト皇后』                エギディウス・ザデラー『女の雄武』(女神アテネ)

第二章
馬上の令嬢
以降六章は「馬」について。
アルテミス(ダイアナ)型のドミナの一典型として、乗馬をたしなむ上流階級の令嬢を考察します。

第三章
愛の馬東西談
人間馬を扱った東西の古典説話を紹介します。
こちら↓をご参照ください。

沼正三のスクビズム(1)―『手帖』第三章「愛の馬東西談」~アリストテレスの馬

第四章
ナオミ騎乗図
谷崎潤一郎『痴人の愛』の人間馬場面を徹底考察。二次創作付きです。

第五章
侯爵令嬢の愛馬
エミール・ゾラ『一夜の情を求めて』を紹介。
ある公爵令嬢が二人の青年をそれぞれ馬と犬に馴致し、彼らを踏み台に幸せを掴むシンデレラ・ストーリー。

第六章
生きた玩具としての人間馬
『あるロシアの踊り子の回想』という小説を紹介。小公子小公女による、領民の子女を玩具とした雅な遊びをたっぷりと。「両脚型」の人間馬が登場します。

第七章
人間馬による競馬
L・ゴーテの『鞭打つ女たち』を紹介。欧州貴族が米大陸の奴隷に転落し、転々と売られ酷使されます。「補助車型」の人間馬が登場します。

第八章
転生願望と畸形願望
畜生への転身(変形)・転生(生れ変り)願望、その派生としての畸形(先天的な身体障害)願望について、三点の小説を紹介。
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『ディアナの狩猟』作者不明。十六世紀末。
モデルはアンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエ。


第九章
生身堕在畜生道
ある大学生の投書を紹介。隣家の英国夫人の飼い犬になりたいという願望から、自ら不具(後天的な身体障害)となり、隣家夫婦に飼養され、奴隷、犬、便器と、ありとあらゆる願望をかなえる計画が綴られています。
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グレース・ケリー

第一〇章
ある夢想家の哀願
あるドイツのマゾヒストが女主人に送った手紙を紹介。前章同様、「犬派」と「便器願望」の強い結びつきが示されています。

第一一章
西洋人への劣等感
以降一〇章が、「沼の沼たる所以」といえる部分。
①「西洋文明の絶対的優越」、それによる②「日本人の中の西洋文明への劣等感」、そしてそれによる③「日本人の白人の肉体への憧憬」を論証します。
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女優:ブリジッド・バルドー                             女優:ミレーヌ・ドモンジョ

第一二章
象徴としての皮膚の色
遠藤周作『アデンまで』を紹介。フランス女性と交際した日本人の主人公は、恋人と裸で抱き合っている姿を鏡に映した像を見たことにより、恋人の白い肌と自身の黄色い肌、その美醜の絶望的な隔絶に気づき、苦悩します。
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グイド・レニ『ミカエル』 白人種の美少年がモンゴロイドの男を屈服させる構図は、 女優:ヴィルナ・リージ ※『手帖』掲載とは別の画像
ドイツで黄禍抑圧のシンボルとされた。


第一三章
ブロンドの優越
白人種の中でも、金髪碧眼ブロンド北欧人種ノルディッシュが、いかに優秀で、支配的な種族であるかを論証します。そして、有色人種にとっては、北欧人種は、いっそう絶望的な劣等感を抱かせる、とします。
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 ルーカス・クラナッハ『ユーディット』                   パオロ・ヴェロネーゼ『ユーディト』
ヘブライ神話の女傑でありながら、ルネサンス絵画ではブロンド女性として描かれ、敗れた敵将は異人種として描かれている。

第一四章
白人崇拝
前三章で説いた日本人の白人に対する劣等感が、マゾヒズムと結びついた、「白人崇拝ホワイト・ワーシップ」について。日本人のマゾヒストが理想の女神としての白人女性、支配者種族としての白人種全体を崇拝する傾向を、谷崎の諸作品、「奇譚クラブ」などに掲載された諸作品を用いて論証します。

第一五章
有色人種家畜観
視点を逆転させ、白人種が有色人種を潜在的に畜類視していることを論証。カルル・チャペクの『山椒魚戦争』を紹介。
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ヴァン・ダイク「ニコラ・カッタネオ侯爵夫人エレーナ・グリマルディ」

第一六章
家畜化小説論
一対の男女が、どのような関係になっても、合意に基づくSMプレイの範囲内である。支配者または被支配者が複数になっても、小異に過ぎない。公然と陵辱されるためには、優劣二階級を設定し、劣等階級を奴隷、さらには人間家畜とする制度化空想こそ理想のマゾヒズム小説である、とします。そして、日本人マゾヒストにとって、有色人種を白人種の家畜とする空想小説こそ、最終最高の表現であると断言します。

第一七章
混血への妄想
敗戦後、日本が米国の属領となった妄想。日本人は土民として白人に徹底的に差別されますが、日本女性が白人男性に孕まされて生まれた混血児は、土民よりも優遇されます。このため、日本女性は積極的に白人男性の子種を宿そうとし、家族ぐるみでそれを手助けします。日本民族は、少しでも白い血を子孫の体内に交えることを、最大の目標にします。
この、白人崇拝と結びついた歪みきった願望が、沼の三者関係の特徴です。

第一八章
ある植民地的風景
ある日本人の女の子の作文を紹介。アメリカ人の男の子と一緒に遊ぼうとして「外人ハウス」に行ったところ、男の子小便をかけられたというもの。なぜこれに昂奮したのかを内省して解説。
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ポンペイ壁画。イルカを鞭打って車を輓かせているキューピッド。

第一九章
輓奴車競争
L・ゴーテの『鞭令嬢』を紹介。奴隷制時代の米国南部の大農園で、大地主の令嬢がドイツ人青年の資産を奪い、奴隷に馴致します。奴隷に輓かせる馬車が登場。

第二〇章
人力車夫
植民地で生まれ、日本に輸入されて定着した人力車について。

第二一章
召使い願望と侍童願望
マゾヒストの変身願望について、精神医学者:ヒルシェフェルトが分類した五類型を紹介。
五類型については、こちら↓をご参照ください。

谷崎のスクビズム(3)―『捨てられる迄』論~堕ちていく快楽、委ねる快楽

この五類型うち、召使い(家内奴隷)願望(セルヴィリズム)が、マゾヒズムの「入門的段階」であるとします。さらに、セルヴィリズムから女主人との肉体的交渉を排除したものを、侍童(子供の召使)願望(パジズム)とします。

第二二章
奴隷志願
召使願望者セルヴィリストが女主人に宛てた手紙を紹介。

第二三章
ある派出夫会の設立案
召使願望者セルヴィリストが願望を実践するための一案。召使願望者の家事労働者を派遣する会社を設立。重役・株主は全て女性。女性社員は派出夫要員を訓練して高給受け取る…などなど。

第二四章
昔の嬶天下
男尊女卑の風潮の中、妻に従属して家事に従事する夫を揶揄した中世・近世欧州の詩を紹介。

第二五章
エプロン亭主
妻が外で働いて家計を支え、家事労働に励み、家内で妻に奉仕する、新しい夫婦像を描いた小説・詩を紹介。

第二六章
妻による夫の虐待
前章の仲睦まじい夫婦像とは異なり、妻が夫を苛烈に虐待し酷使する小説を紹介。
太宰治について、『男女同権』を紹介したうえで、「この詩人も紛うようのないマゾヒストである。」と断言。

第二七章
女のズボン
女権拡張の象徴として、男性的な精神を持ったアテネ型の女性への憧憬として、また中性的な美への愛慕として、女性の男装にマゾ的効果があることを指摘。

第二八章
性的隷属の王侯たち
傾国の美姫への君主の性的隷属現象について。
・東ローマ帝国の大将軍ベリサリウスと妻アントニナ
・仏王ルイ十五世とデュバリ伯夫人
・パバリア(バイエルン)王ルトヴィヒ一世とスペイン舞姫ローラ・モンテス
・セルビア王アレクサンドル一世とドラガ王妃
・唐の高宗と則天武后
・夏の桀王と末喜
・殷の紂王と妲己 
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ローラ・モンテス                         若き日のドラガ王妃 ※『手帖』には掲載なし

第二九章
男性の衰微
男女同権が進み、あらゆる分野で女性が男性と同様の成果を挙げる状況を紹介。

第三〇章
女権国家の夢想
男女同権を通り越して、女性が支配する国家、世界を描いたSF作品を紹介。また、女性支配の正当性の根拠として、肉体的、精神的に男性よりも女性のほうが優れているとする説を紹介します。
さらに付記にて、「奇譚クラブ」に掲載された、田沼醜男による『タツノオトシゴ考』という小説を紹介。

日本が白人国家の属領となった世界で、日本人男性は妻に従属している。日本人男性は咽喉部を人工子宮に変える施術を受けており、妻が白人男性の種を宿したの受精卵を、夫の顔に跨り排卵することにより、夫は激烈な苦痛の末、妊娠する。従順な白人崇拝度の高い男性は、金髪女性の雪白の股に顔面騎乗され、白人夫婦の愛の結晶を口腔に下賜される恩典に浴すことができる。白人夫婦が堕胎するつもりの場合は、日本人男性が里親として白人子女を養育する。白人夫婦が自ら養育する場合は、妊娠後に四肢を切断され、眼を抉られ、耳や鼻をそぎ落とされ、「ボックス」と呼ばれ、生きた孵化器として玉のような白人の胎児を養育する。
沼は本作を絶賛し、「ボックス」が新生児の哺育器となって白人の乳児の排泄物いっさいを始末する…などと、妄想を膨らませています。



第三一章
鞭を忘るるな
二〇世紀初頭に活躍した女性運動家グレーテ・マイゼル=ヘスの説を紹介。第二四章以降の「妻が一家を支え、夫が家事に従事する」という夫婦像とは異なり、妻が支配的であっても労働はあくまで夫が行う、中世騎士道的夫婦像。
フリードリッヒ・ニーチェについて、求婚を拒絶されたルー・ザロメに対してマゾヒスティックな感情を抱いていた可能性を指摘しています。
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左からルー・ザロメ、フリードリッヒ・カール・アンドレアス(後のザロメの夫)、        ルー・ザロメ※『手帖』には掲載なし
フリードリッヒ・ニーチェ。ニーチェの発意で撮影された。 

タグ : マゾヒズム谷崎潤一郎沼正三家畜人ヤプーある夢想家の手帖から寝取られ三者関係白人崇拝美男美女崇拝ニーチェ

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