谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第六巻
谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。
マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを儲け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。
三大要素についてはこちらをご参照ください。
小さな王国
初出:大正七年八月号「中外」
原題:「ちひさな王国」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
D小学校(G縣M市;群馬県前橋市か)
登場人物
貝島昌吉
貝島の細君
啓太郎(貝島の長男)
沼倉庄吉
生徒一同
同級生を支配する魔性の力を持った少年:沼倉庄吉。
巧みな相互監視を使った「力による支配」と独自の紙幣を使った「経済による支配」によってやがてすべての同級生が喜んで沼倉に絶対服従する「心の支配」を確立します。
そしてついには教師の貝島までも沼倉に屈服します。
貧困をしのぎながら沼倉と対峙する孤独な戦いを捨て、沼倉に膝を屈した瞬間の解放感。
いつもとは少し違う形の「支配される喜び」が描かれています。
「鶯姫」のような女学校、あるいは戦後の男女共学の学校に置き換えて妄想を広げるのもお勧めです。
魚の李太白
初出:大正七年九月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
春江のお邸(麹町)
桃子のお邸(富士見町)
登場人物
春江
桃子
伯爵のお母様
鯛
上品な世界観のおとぎ話。
緋縮緬という布地で作られた鯛が、所有者である華族の若奥様の着物の裏地にされそうになり…。
嘆きの門
初出:大正七年九月号十一月号「中央公論」
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
カフェエ、ド、パリ(銀座通り)
岡田の別宅(越前堀;現在の中央区新川あたりか)
岡田の本宅(本郷元町)
登場人物
菊村
少女
紳士(岡田)
書生
岡田の夫人
本作については作品論を書きましたので、ぜひお読みください。
谷崎潤一郎序論(3)―『嘆きの門』論~華族様の恋
柳湯の事件
初出:大正七年十月号「中外」
形式:短編小説
時代設定:現代
舞台設定
S博士の弁護士事務所(上野山下)
青年の長屋(車坂町の正念時の境内)
柳湯(車坂町)
登場人物
「私」
S博士
青年
瑠璃子
怪奇犯罪小説の中に、異常な「ぬらぬらフェチ」を伺わせます。
美食倶楽部
初出:大正八年一月―二月「大阪朝日新聞」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
美食倶楽部の本部(G伯爵の邸の楼上)
浙江省の支那人の倶楽部(牛ヶ淵)
登場人物
G伯爵
美食倶楽部の会員一同
支那人の倶楽部の一同
後述する中国旅行で体験した中華料理と中国人の食に対する執着に、大きな影響を受けたものと思われる作品。
このブログを読んでくださっている方ですら、読んだことを後悔する可能性がある超過激作。
こういう作品が検閲にかからなかったのは、そもそも検閲が想定していた範疇を超えていて、検閲官の理解も超えていたからなんだろうな。
美食を愛したことで知られる谷崎ですが、それも結局は性欲に直結し、汚物愛好ともつながりがあることがはっきりとわかる作品。
人肉食こそないものの、生きた女体を「美食」として貪る浅ましい豚共の姿には戦慄を覚えます。
母を恋ふる記
初出:大正八年一月―二月「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」
形式:短編小説
時代設定:不明
舞台設定:不明
登場人物
私
お媼さん
女
不思議な夢を描いた幻想的な短編。
幼少期に見た若く美しい母の記憶(女)と、成長してから見た年老いた母の記憶(お媼さん)との不整合を、後者を他人としてしまうことで合理化しています。
蘇州紀行
初出:大正八年二月号、三月号「中央公論」
原題:「畫舫記」
形式:随筆
舞台:中国・蘇州
谷崎は大正七年(1918年)の十月から十二月にかけて、朝鮮、中国を旅行します。
朝鮮はすでに日本に併合されており、中国は列強の半植民地状態となっていた時代。
日本の「対華21ヶ条要求」を機に五四運動が起こるのは翌年のこと。
帰国後は旅行の体験を基にした作品を多く発表しました。
本作は、畫舫 という観光船で蘇州の観光地を巡った体験を記したもの。
在留邦人の「支那人を犬猫の如く取り扱ふ」態度に不快感を示しています。
秦准 の夜
初出:大正八年二月号「中外」、三月号「新小説」
原題:「南京奇望街」
舞台:中国・南京秦准区
一夜を共にする娼婦を求めて南京秦准区で右往左往した思い出を記したもの。
結局買ったのは「十六七」(数え年)という少女。
呪われた戯曲
初出:大正八年五月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
上州・赤城山(群馬県)
登場人物
「私」
佐々木
玉子
襟子
(作中戯曲)
井上
春子
この頃から、谷崎は妻:千代の妹:せい子に夢中になります。
千代に対しては不満を抱き、虐待と言っていいほど冷酷な態度をとり、谷崎の親友である佐藤春夫が千代に同情を寄せていく、という逸話はすでによく知られている通りです。
本作は、いわばその虐待の一環として執筆・発表したと言っていいでしょう。
作家:佐々木は恋仲になった襟子と結ばれるために、妻:玉子を殺害を計画します。
まずは計画を戯曲として書き上げ、それを基にして赤城山で実際に玉子を殺害し、さらにその体験を基に戯曲を演出して上演し、大成功を収めます。
佐々木のモデルが谷崎である以上、玉子のモデルが千代であることは、当時の読者にも明らかだったでしょう。
これ以上の侮辱がありえるでしょうか。
佐々木が玉子を(作中戯曲内で井上が春子を)罵る言葉も酷い。
公然と妻を侮辱し、殺意すら抱いていることを発表してしまう。
谷崎は千代自身が、本作が谷崎の自分に対する本心を綴ったものであることを承知して読むことを当然意図していたことでしょう。
あるいは教養に乏しい千代が本作を読んでこの意図に気づくかどうか、試したのかもしれません。
谷崎の哲学は女性一般を崇拝する「フェミニズム」ではなく、美しい者だけを崇拝する「美男美女崇拝」ですから、女でもあっても醜い者は徹底的に虐待されるのですが、それは作品内だけではなく、実生活においても忠実に実践されていたわけです。
西湖の月
初出:大正八年六月号「改造」
原題:「青磁色の女」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
上海から杭州行きの列車
西湖(杭州)
登場人物
「私」
令嬢
中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
現在世界遺産となっている西湖を舞台に、一人の美少女の入水自殺を恐ろしく芸術的に描いています。
西湖にて入水したという伝説によってその語源となった春秋戦国時代の絶世の美女:西施を題材にしたものと思われますが、西洋において幾多の水死体の画題となった「ハムレット」のオフィーリアをも想起させます。
左:徳珍「西施」、右は詳細不明
アレクサンドル・カバネル「オフィーリア」
富美子の足
初出:大正八年六月号「雄弁」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定
塚越家(日本橋村松町)
別荘(鎌倉・七里ヶ浜)
登場人物
「僕」(野田宇之吉)
富美子
「隠居」(塚越)
本作については作品論を書きましたので、ぜひお読みください。
谷崎潤一郎のスクビズム(2)―『富美子の足』論~やっぱり足が好き!
真夏の夜の恋
初出:大正八年八月号「新小説」(未完)
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
病院(浅草)
登場人物
山内滋
松本文造
歌劇女優:黛夢子を医師の息子と書生が争うという導入のみが発表されています。
或る少年の怯れ
初出:大正八年八月号「新小説」(未完)
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
田島家(本郷・弥生町)
田島医院(銀座裏通り)
新居(小石川の原町)
登場人物
田島芳雄
芳雄の長兄(幹蔵)
禄次郎
柳子
喜多子
瑞江
「恋を知る頃」に描かれた、憧れの少女とその恋人のためにその犠牲となって殺されることを受け入れる少年の心。
あれを少しソフトに、現実的にしたような小説。
谷崎の「幼少退行して年上の女性に陵辱されたい」という願望が滲み出でています。
芳雄は、医師である兄が後妻の瑞江のために前妻の喜多子を毒殺したのではないかと疑い、さらには自分を殺害しようとしているのではないかと怖れるようになります。
兄や瑞江のために死を受け入れていく無力でいじらしい芳雄、苦悩する兄:幹蔵に対して、自分は一切手を汚さずに無邪気に優しく振舞いつつ、幹蔵に非道を行わせる瑞江の陰湿な魔性に戦慄します。
或る漂泊者の面影
初出:大正八年十一月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
天津のフランス租界
登場人物
「私」
「男」
中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
天津のフランス租界で見かけた老人の様子を描写したもの。
秋風
初出:大正八年十一月号「新潮」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
栃木県・塩原温泉郷
登場人物
「私」
妻
A子(娘)
S子(妻の妹)
T
この年の九月に塩原温泉郷に滞在した実体験を基にした私小説。
S子のモデルはせい子、S子の恋人Tのモデルは谷崎の弟子:今東光です。
妻子とすごしている前半は、台風の影響で雨天が続き、妻子が帰宅しS子とTとすごす後半のになると、天気は晴れ渡ります。
この天候が、妻子を疎み、せい子に夢中になっている当時の谷崎の心境をそのまま象徴しています。
秋の塩原に無邪気にはしゃぐ若くさわやかなカップルの華やかさの描写が非常に美しい作品。
塩原温泉郷
天鵞絨 の夢
初出:大正八年十一月号「新潮」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
温夫婦の家(西湖(杭州) )
登場人物
「私」
S
温秀
温の夫人
第一の奴隷(少年)
第二の奴隷(少女)
第三の奴隷(ユダヤ婦人)
K
中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
奴隷を徹底的に歓楽の手段として扱い、それを悪徳・退廃としてではなく、典雅で上品な芸術として評価する中国の貴族文化への憧れが結晶した作品。
導入部分を読むと、十人の奴隷の告白によってある貴族夫妻の生活実態が暴露される構成になるはずなのですが、三人の奴隷の告白が終わったたところで唐突に打ち切られています。
杭州・西湖のほとりに立つ雷峰塔
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。
マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを儲け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。
三大要素についてはこちらをご参照ください。
小さな王国
初出:大正七年八月号「中外」
原題:「ちひさな王国」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
D小学校(G縣M市;群馬県前橋市か)
登場人物
貝島昌吉
貝島の細君
啓太郎(貝島の長男)
沼倉庄吉
生徒一同
同級生を支配する魔性の力を持った少年:沼倉庄吉。
巧みな相互監視を使った「力による支配」と独自の紙幣を使った「経済による支配」によってやがてすべての同級生が喜んで沼倉に絶対服従する「心の支配」を確立します。
そしてついには教師の貝島までも沼倉に屈服します。
先生は今日から、此処に居る沼倉さんの家来になるんだ。みんなと同じやうに沼倉さんの手下になつたんだ。
貧困をしのぎながら沼倉と対峙する孤独な戦いを捨て、沼倉に膝を屈した瞬間の解放感。
いつもとは少し違う形の「支配される喜び」が描かれています。
「鶯姫」のような女学校、あるいは戦後の男女共学の学校に置き換えて妄想を広げるのもお勧めです。
魚の李太白
初出:大正七年九月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
春江のお邸(麹町)
桃子のお邸(富士見町)
登場人物
春江
桃子
伯爵のお母様
鯛
上品な世界観のおとぎ話。
緋縮緬という布地で作られた鯛が、所有者である華族の若奥様の着物の裏地にされそうになり…。
嘆きの門
初出:大正七年九月号十一月号「中央公論」
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
カフェエ、ド、パリ(銀座通り)
岡田の別宅(越前堀;現在の中央区新川あたりか)
岡田の本宅(本郷元町)
登場人物
菊村
少女
紳士(岡田)
書生
岡田の夫人
スクビズム | ★★☆ |
トリオリズム | ★★☆ |
アルビニズム | ★☆☆ |
属性 | 美少年崇拝、美少女崇拝、美尊醜卑論、身体障害(聾唖)、西洋崇拝 |
本作については作品論を書きましたので、ぜひお読みください。
谷崎潤一郎序論(3)―『嘆きの門』論~華族様の恋
柳湯の事件
初出:大正七年十月号「中外」
形式:短編小説
時代設定:現代
舞台設定
S博士の弁護士事務所(上野山下)
青年の長屋(車坂町の正念時の境内)
柳湯(車坂町)
登場人物
「私」
S博士
青年
瑠璃子
怪奇犯罪小説の中に、異常な「ぬらぬらフェチ」を伺わせます。
こゝで僕は、僕の異常な性癖の一端を白状しなければなりませんが、どう云ふ訳か僕は生来ぬらぬらした物質に触られることが大好きなのです。
僕の画いた生物を見ればお分かりになるだらうと思ひますが、何でも溝泥のやうにどろどろした物体や、飴のやうにぬらぬらした物体を画く事だけが非常に上手で、その為めに友達からヌラヌラ派と云う名釈をさへ貰って居るくらゐなんです。
私を圧さへつけて置いて、ゴムのスポンジへシヤボンをとつぷりと含ませて、それで私の目鼻の上をぬるぬると擦つたり、体中へどろどろした布海苔を打つかけて足蹴にしたり、鼻の孔へ油絵具をぺつとりと押し込んだり、始終そんな真似をしては私をいぢめました。
美食倶楽部
初出:大正八年一月―二月「大阪朝日新聞」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
美食倶楽部の本部(G伯爵の邸の楼上)
浙江省の支那人の倶楽部(牛ヶ淵)
登場人物
G伯爵
美食倶楽部の会員一同
支那人の倶楽部の一同
後述する中国旅行で体験した中華料理と中国人の食に対する執着に、大きな影響を受けたものと思われる作品。
このブログを読んでくださっている方ですら、読んだことを後悔する可能性がある超過激作。
こういう作品が検閲にかからなかったのは、そもそも検閲が想定していた範疇を超えていて、検閲官の理解も超えていたからなんだろうな。
美食を愛したことで知られる谷崎ですが、それも結局は性欲に直結し、汚物愛好ともつながりがあることがはっきりとわかる作品。
人肉食こそないものの、生きた女体を「美食」として貪る浅ましい豚共の姿には戦慄を覚えます。
母を恋ふる記
初出:大正八年一月―二月「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」
形式:短編小説
時代設定:不明
舞台設定:不明
登場人物
私
お媼さん
女
不思議な夢を描いた幻想的な短編。
幼少期に見た若く美しい母の記憶(女)と、成長してから見た年老いた母の記憶(お媼さん)との不整合を、後者を他人としてしまうことで合理化しています。
蘇州紀行
初出:大正八年二月号、三月号「中央公論」
原題:「畫舫記」
形式:随筆
舞台:中国・蘇州
谷崎は大正七年(1918年)の十月から十二月にかけて、朝鮮、中国を旅行します。
朝鮮はすでに日本に併合されており、中国は列強の半植民地状態となっていた時代。
日本の「対華21ヶ条要求」を機に五四運動が起こるのは翌年のこと。
帰国後は旅行の体験を基にした作品を多く発表しました。
本作は、
在留邦人の「支那人を犬猫の如く取り扱ふ」態度に不快感を示しています。
初出:大正八年二月号「中外」、三月号「新小説」
原題:「南京奇望街」
舞台:中国・南京秦准区
一夜を共にする娼婦を求めて南京秦准区で右往左往した思い出を記したもの。
結局買ったのは「十六七」(数え年)という少女。
呪われた戯曲
初出:大正八年五月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
上州・赤城山(群馬県)
登場人物
「私」
佐々木
玉子
襟子
(作中戯曲)
井上
春子
この頃から、谷崎は妻:千代の妹:せい子に夢中になります。
千代に対しては不満を抱き、虐待と言っていいほど冷酷な態度をとり、谷崎の親友である佐藤春夫が千代に同情を寄せていく、という逸話はすでによく知られている通りです。
本作は、いわばその虐待の一環として執筆・発表したと言っていいでしょう。
作家:佐々木は恋仲になった襟子と結ばれるために、妻:玉子を殺害を計画します。
まずは計画を戯曲として書き上げ、それを基にして赤城山で実際に玉子を殺害し、さらにその体験を基に戯曲を演出して上演し、大成功を収めます。
佐々木のモデルが谷崎である以上、玉子のモデルが千代であることは、当時の読者にも明らかだったでしょう。
これ以上の侮辱がありえるでしょうか。
佐々木が玉子を(作中戯曲内で井上が春子を)罵る言葉も酷い。
あの女は馬鹿な女だ、自分とは全然頭の程度の違ふ女だ、三文の価値もない人間の屑だ。あんな愚鈍な、あんな無智な女の魂なんか、存在を認める必要もないくらゐなんだ。
あの味もそつけもない、驢馬のやうな愚鈍な表情をした顔つきを見ろ。活き活きとした魔力に充ちて居る襟子の容貌とはまるで比較にならないぢやないか
お前が初めから此の世に生れて来なければよかつたのだ。(中略)だが、それが到底望まれない事だとすれば、やつぱり死んで貰ふのが一番いゝ。それでも飽き足りないのだけれどそれで我慢するより外に仕方がない。
公然と妻を侮辱し、殺意すら抱いていることを発表してしまう。
谷崎は千代自身が、本作が谷崎の自分に対する本心を綴ったものであることを承知して読むことを当然意図していたことでしょう。
あるいは教養に乏しい千代が本作を読んでこの意図に気づくかどうか、試したのかもしれません。
谷崎の哲学は女性一般を崇拝する「フェミニズム」ではなく、美しい者だけを崇拝する「美男美女崇拝」ですから、女でもあっても醜い者は徹底的に虐待されるのですが、それは作品内だけではなく、実生活においても忠実に実践されていたわけです。
西湖の月
初出:大正八年六月号「改造」
原題:「青磁色の女」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
上海から杭州行きの列車
西湖(杭州)
登場人物
「私」
令嬢
中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
現在世界遺産となっている西湖を舞台に、一人の美少女の入水自殺を恐ろしく芸術的に描いています。
西湖にて入水したという伝説によってその語源となった春秋戦国時代の絶世の美女:西施を題材にしたものと思われますが、西洋において幾多の水死体の画題となった「ハムレット」のオフィーリアをも想起させます。
左:徳珍「西施」、右は詳細不明
アレクサンドル・カバネル「オフィーリア」
富美子の足
初出:大正八年六月号「雄弁」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定
塚越家(日本橋村松町)
別荘(鎌倉・七里ヶ浜)
登場人物
「僕」(野田宇之吉)
富美子
「隠居」(塚越)
スクビズム | ★★★ |
トリオリズム | ★☆☆ |
アルビニズム | ☆☆☆ |
属性 | 足、顔踏み、犬、複数支配、老人虐待、幼少退行、財産搾取 |
本作については作品論を書きましたので、ぜひお読みください。
谷崎潤一郎のスクビズム(2)―『富美子の足』論~やっぱり足が好き!
真夏の夜の恋
初出:大正八年八月号「新小説」(未完)
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
病院(浅草)
登場人物
山内滋
松本文造
歌劇女優:黛夢子を医師の息子と書生が争うという導入のみが発表されています。
或る少年の怯れ
初出:大正八年八月号「新小説」(未完)
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
田島家(本郷・弥生町)
田島医院(銀座裏通り)
新居(小石川の原町)
登場人物
田島芳雄
芳雄の長兄(幹蔵)
禄次郎
柳子
喜多子
瑞江
スクビズム | ☆☆☆ |
トリオリズム | ★☆☆ |
アルビニズム | ☆☆☆ |
属性 | 悪女、年少の少年と年上の少女、カップルの幸せの犠牲になる |
「恋を知る頃」に描かれた、憧れの少女とその恋人のためにその犠牲となって殺されることを受け入れる少年の心。
あれを少しソフトに、現実的にしたような小説。
谷崎の「幼少退行して年上の女性に陵辱されたい」という願望が滲み出でています。
芳雄は、医師である兄が後妻の瑞江のために前妻の喜多子を毒殺したのではないかと疑い、さらには自分を殺害しようとしているのではないかと怖れるようになります。
兄や瑞江のために死を受け入れていく無力でいじらしい芳雄、苦悩する兄:幹蔵に対して、自分は一切手を汚さずに無邪気に優しく振舞いつつ、幹蔵に非道を行わせる瑞江の陰湿な魔性に戦慄します。
或る漂泊者の面影
初出:大正八年十一月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
天津のフランス租界
登場人物
「私」
「男」
中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
天津のフランス租界で見かけた老人の様子を描写したもの。
秋風
初出:大正八年十一月号「新潮」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
栃木県・塩原温泉郷
登場人物
「私」
妻
A子(娘)
S子(妻の妹)
T
スクビズム | ☆☆☆ |
トリオリズム | ★☆☆ |
アルビニズム | ☆☆☆ |
属性 | デートの共をする |
この年の九月に塩原温泉郷に滞在した実体験を基にした私小説。
S子のモデルはせい子、S子の恋人Tのモデルは谷崎の弟子:今東光です。
妻子とすごしている前半は、台風の影響で雨天が続き、妻子が帰宅しS子とTとすごす後半のになると、天気は晴れ渡ります。
この天候が、妻子を疎み、せい子に夢中になっている当時の谷崎の心境をそのまま象徴しています。
秋の塩原に無邪気にはしゃぐ若くさわやかなカップルの華やかさの描写が非常に美しい作品。
塩原温泉郷
初出:大正八年十一月号「新潮」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
温夫婦の家(西湖(杭州) )
登場人物
「私」
S
温秀
温の夫人
第一の奴隷(少年)
第二の奴隷(少女)
第三の奴隷(ユダヤ婦人)
K
スクビズム | ★★☆ |
トリオリズム | ★☆☆ |
アルビニズム | ☆☆☆ |
属性 | 貴族崇拝、奴隷願望、侍童願望、手段化、知的障害、拷問 |
中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
奴隷を徹底的に歓楽の手段として扱い、それを悪徳・退廃としてではなく、典雅で上品な芸術として評価する中国の貴族文化への憧れが結晶した作品。
導入部分を読むと、十人の奴隷の告白によってある貴族夫妻の生活実態が暴露される構成になるはずなのですが、三人の奴隷の告白が終わったたところで唐突に打ち切られています。
杭州・西湖のほとりに立つ雷峰塔
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まとめ【谷崎潤一郎全集全作品】
谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。 使用している全集は、中央公論社