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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第三巻

谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。

マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを儲け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。

三大要素についてはこちらをご参照ください。



創造
初出:大正四年四月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
登場人物
川端
綾子(川端の妹)
川端の養子の青年
お藍
青年とお藍の子
スクビズム★☆☆
トリオリズム★★☆
アルビニズム★☆☆
属性美男美女崇拝、寝取られ、西洋崇拝


本作について、書きたいことは全て作品論↓に込めましたので、ぜひこちらをお読みください。

谷崎潤一郎序論(1)―『創造』論~美男美女崇拝


華魁おいらん
初出:大正四年五月号「アルス」
形式:短編小説(未完)
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定
紀国屋(京橋霊岸島、現在の中央区新川)
登場人物
由之助(丁稚)
優秀で勤勉な丁稚の由之助は、食べ物や女のことばかり考えている周囲の大人を馬鹿にしています。
ある日、由之助は主人の使いで女郎屋へ行くことになります…と、ここで中絶していますが、『神童』を読めば、本作がどんな構想だったかは、大体わかってしまいます。


法成寺ほうじょうじ物語
初出:大正四年六月号「中央公論」
形式:戯曲
時代設定:平安時代、寛仁四年(西暦1020年)、春
舞台設定
洛北法成寺境内
登場人物
定朝じょうちょう(仏師)
定雲じょううん(定朝の弟子の仏師)
宅間為成(絵師)
藤原道長
四の御方(宮廷の貴婦人、道長の愛人)
藤原隆家
院源律師(叡山の僧)
良円(院源の門徒、美しい法師)
スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性貴婦人崇拝、対象神格化、傾国の美姫、美男美女崇拝

藤原道長によって創建された法成寺(現存せず)。
その建立中の出来事を描いた戯曲。

これはもう…まんまオスカー・ワイルドの『サロメ』ですね。
 サロメ→四の御方
 ヘロデ→藤原道長
 衛兵隊長→定雲
 聖洗礼者ヨハネ→良円
って感じです。
幻想的な雰囲気も、登場人物が皆少しずつ狂気に駆られていく怖さもよく似ています。
ラスト・シーンもそっくりです。

仏師の定雲は藤原道長の命で絶世の美女である四の御方をモデルに菩薩像を彫ります。
定雲にとっては四の御方こそ菩薩そのものなんですね。だからどんどん素晴らしい菩薩像を生み出します。

下賎げせんの女子供ですら、言葉を交わすのを汚らはしいと思うて居る私へ、雲の上人のあなた様から其のやうに仰せ下さるのは、何だか夢のやうでござります。木で彫つた御仏の像が口をきくより、私には余計不思議でござります。


たゞあなた様のやうな、すぐれて美しい御相みそうを、菩薩の仮形けぎょうし給ふものと、崇め信ずるのみでござります。し美しい人が居らずば、仏を信ずるよすがとてはござりませぬ。


あなた様と一つ時代に生れ来て、幻ならぬ菩薩の色身しきしんを仰ぎ視る、今の世の人は皆仕合せでござりまする。


しかし定雲の師、定朝は阿弥陀如来の姿をなかなかうまく彫ることができません。
叡山の高僧:院源律師に言わせると、それは人間のモデルがいないからなんですね。

諸仏諸菩薩の妙相みょうそうは、果してどのやうに尊いやら、凡夫ぼんぷの肉眼に映つた例のあらう筈もなく、たゞ美しい人間の姿を選び出して、わづかに其れになぞらえるより外はないのぢゃ。


御仏の美しさを拝んだことのないわれわれに、などてまことの菩薩の相が刻まれようぞ。たゞ人間の美しさを借りて、かりに菩薩と名づくるまでぢゃ。


院源律師が紹介した美僧の良円を一目見ただけで定朝はインスパイアされ、創作意欲を取り戻し、素晴らしい如来像を彫り上げます。
人は、美男美女の肉体を通じてのみ、真実の美を感じることができる。
だから芸術は、美男美女の肉体の模倣でなくてはならない。
これが谷崎独特の「イデア論」です。
図示すると、こんな感じです。
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お才と巳之助みのすけ
初出:大正四年九月号「中央公論」
形式:長編小説
時代設定:江戸時代
舞台設定
吉原
上州屋(吾妻橋近辺)
お才の実家(両国)
隠居所(今戸の河岸縁)
逆井橋近辺
登場人物
巳之助(上州屋の若旦那)
お才(上州屋の女中)
卯三郎うさぶろう(上州屋の手代)
お露(巳之助の妹)
上州屋善兵衛(上州屋の主人、巳之助とお露の兄)
お鶴(巳之助とお露の母)
スクビズム★★☆
トリオリズム★★★
アルビニズム☆☆☆
属性寝取られ、美男美女崇拝、地位逆転、裏切り、財産貢ぎ、家族を犠牲にする


トリオリズムの決定的名作。

豪商の若旦那、巳之助は女中のお才に、令嬢のお露は手代の卯三郎に、徹底的に騙され、弄ばれ、陵辱され、破滅させられます。
もちろんお才と卯三郎は恋人同士で、共謀しています。
醜い主人の兄妹は、美しい使用人のカップルに、さんざんに騙され、辱められても、恋心を忘れられず、その足元に縋り付きます。

「美しい者が正義であり勝者、醜い者は存在自体悪であり常に敗者でなければならない。」

とは、『ブサ彦物語』の作者:カップルの足奴隷さんが以前、寄せてくださったコメントですが、本作もまさにそんな世界です。


獨探どくたん
初出:大正四年十一月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定
G氏の下宿(本郷、森川町)
「私」の下宿(向島)
浅草「みくに座」
新橋の停車場
軽井沢
銀座の"Russian Bar"
登場人物
「私」
G氏
淺川
スクビズム★☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性西洋崇拝、ブロンド崇拝

私は人間が神を仰ぐやうに西洋を見ずには居られなくなつた。


此の国の貴族として生きるよりは、まだしも彼の国の奴隷として育つ方がどのくらゐ幸福であらう。


これまでにも芸術論などでちらちらと現れていた谷崎潤一郎の西洋崇拝がいよいよ爆発期に入ることを告げる作品。

谷崎潤一郎の西洋崇拝は、もちろん単に西洋文明の優越性を認めているだけではありません。
白人女性の肉体。その圧倒的で絶対的な、完璧に完全な美しさへの強烈な憧れ。これが谷崎潤一郎の西洋崇拝の核です。

或る時私はふと気がつくと、十人ばかりの若々しい、金髪碧眼の白皙な婦人の一団に包囲されて、自分がまんなかにぽつりと一人立つて居るのを発見した。私の神経は何故か不思議なおののきを覚えた。むつくりと健康らしい筋肉の張り切つた、ゆたかに浄らかな乳房のあたりへぴつたりまとはつて居る派手な羅衣うすももの夏服の下から、貴く美しい婦人たちの胸の喘ぎの迫るやうなのを聞いた時、私は遠い異境の花園に迷ひ入つて、刺激の強い、しく怪しい Exotic perfume に魂を浸されて行くのを感じた。私は名状しがたい、云はゞ命が吸い尽され掻き消されてしまいさうな不安に襲はれて、あわてゝ婦人たちを掻きのけながら包囲の外へ飛び出した。丁度一匹の野蛮が獣が人間に取り巻かれたやうな、又は無智な人間が神々に囲繞いじょうされた時のやうな、恐ろしさと心細さが突然私を捕らえたのであつた。


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「なぜ異人種である西洋人がこんなに美しく見えてしまうのか?」
沼正三は、『ある夢想家の手帖から』でこの点を追究していますが、谷崎潤一郎はそんなことはまったく追究しません。
「自分の目に美しく見えているものは絶対的に美しい。」という審美眼に対する絶対的な自信があるからなんですね。つまり西洋人は「美しく見える」とかじゃなくて「美しい」のです。
そしてそれを「美尊醜卑」の価値基準に当てはめれば当然西洋人は優越人種ということになり、ゆえに西洋人が築いた文明や西洋人の作り出す芸術が優れているのもまた当たり前、ということになるのです。

なお、「獨探」とはドイツのスパイのことだそうです。(第一次世界大戦ではドイツは日本の敵国でした。)


神童
初出:大正五年一月号「中央公論」
形式:中編小説
時代設定:現代(明治末期)
舞台設定
春之助の実家(両国の薬研堀、現在の墨田区両国)
小学校(久松橋の袂)
古本屋(神田小川町)
井上邸(小舟町、現在の中央区日本橋小舟町)
芳町(現在の中央区人形町)
登場人物
瀬川春之助
欽三郎(春之助の父)
お牧(春之助の母)
お幸(春之助の妹)
井上吉兵衛(住み込み先の主人)
お町(井上夫人)
鈴子(井上家の令嬢)
玄一(井上家の令息)
お久(女中頭)
お辰(女中)
スクビズム★★☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性侍童願望、書生、貴婦人崇拝、令嬢崇拝、残飯、自慰

本作については『鬼の面』と合わせて作品論↓を書きましたので、ぜひお読みください。

谷崎潤一郎のスクビズム(4)―『神童』『鬼の面』論~自慰と妄想の青春


鬼の面
初出:大正五年一月―五月「東京朝日新聞」
形式:長編小説
時代設定:現代(明治末期)
舞台設定
津村邸(駿河台、現在の千代田区神田駿河台)
壺井の実家(小島町、現在の台東区小島))
澤田先生の家(三田聖坂)
芝口の停車場
津村家の別荘(鎌倉由比ガ浜)
歌舞伎座
浅草公園六区
お君の下宿(両国柳町)
澤田先生の新居(千駄谷)
新聞社(銀座尾張町)
待合「光月」(築地)
登場人物
壺井耕作
禄三郎(壺井の父)
お朝(壺井の母)
お春(壺井の妹)
津村賢吉(住み込み先の主人)
倉子(津村夫人)
藍子(津村家の令嬢)
荘之助(津村家の令息)
江藤(藍子の恋人)
お玉(女中頭)
お君(女中)
澤田弘道先生
拝島浩堂(新聞主筆)
芳川
金弥(芸者)
スクビズム★★☆
トリオリズム★★☆
アルビニズム☆☆☆
属性侍童願望、書生、貴婦人崇拝、令嬢崇拝、美男美女カップル崇拝、手紙の受け渡し、自慰

本作については『神童』と合わせて作品論↓を書きましたので、ぜひお読みください。

谷崎潤一郎のスクビズム(4)―『神童』『鬼の面』論~自慰と妄想の青春

付録の解説で河野多恵子が、谷崎潤一郎は「虚構の作家」であって、『神童』『鬼の面』は例外的に自伝的作品である、としていますが、これも甚だ疑問。
確かに歴史劇など虚構を作り上げる作品も目立ちますが、全集収録作の三分の一程度は自伝的作品だと思います。


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